小説

『タランテラ』結城紫雄(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

 蚊の一刺しのようなそれまでのささやかな称賛に対して、その刻印は劇薬だった。次第に熱を帯びていく腕で、私は浮かされるように小説を書き片っ端から公募に応募し続けた。土日だけの作業時間では到底足りなかったため、受賞から一年がたったある日私は会社に辞表を提出した。家から近いアルバイト先としてこのペットショップを選んだ私は、午前中と深夜に小説を書き、昼過ぎから閉店まで昆虫とともに働いている。
 私のとった行動に対して、軽率だ、そんな小さな文学賞ぐらいで生計を立てていけるはずがない、と非難する者もいたが、私は無論それらのアドバイスにも耳を傾けなかった。彼らは根本的に勘違いをしている。私は文章で食っていく気なんてそもそもないのだ。本を出す野望だってない。ただ、踊り続けないといけないのだ。それが一度毒を打たれたものの宿命なのだと、ただひたすらにキーボードを叩く。

 ペットショップのアルバイトは、緊急の出勤がほぼなく繁忙期もないため、私と同じような境遇の者、乱暴にまとめるといい年して夢を追いかけているフリーター、が多いらしい。
「いや、バンドとかお笑い芸人とかってそういうイメージがあるじゃないですか。でも実際逆だと思うんすよね」
 バンド練習まで時間があいたからご飯でもどうすか、という坂田くんとバイト終わりにラーメンをすすっていたとき、坂田くんがドキリとするようなことを口にした。彼がバンドでプロデビューを目指しているというのは(毎日背負ってくるギターケースのせいもあり)周知の事実だが、私が小説を書いているということは、ペットショップの誰にも告げていなかった。
「逆ってどういうこと」私は無関心を装って尋ねる。
「音楽で食ってくなんてとんだバクチっしょ。むしろ、俺みたいな金持ちのおぼっちゃまじゃないとチャレンジできなくないですか? なんで後ろ盾がない人間ほど、生活切り詰めてお笑い芸人とか目指しちゃうのかなあ。自分に酔ってるんじゃないっすか、俺にはよくわからんっす」
 坂田くんはお金持ちとしての屈託のなさを常時遠慮なく垂れ流していて、私は最近それにかなりの好感を持っていた。世間一般の金持ちのイメージ――傲慢で、不遜で、他人の気持ちを与しない――などというのは、所詮我々のような大多数の庶民による偏見にすぎないのかもしれない。
「学生運動がはやったのって高度成長期だし、CDが売れたのはバブルの直後っす。人間、衣食住が満ち足りてないと芸術なんて寄り道できないんですよ」
「そのセリフ、ハングリー精神で頑張ってる若い子たちに聞かせてあげたいわ。坂田くん一発ずつ殴られるよ」
「ウチだって楽器とかCDとか親がバンバン買ってくれたから今の俺があるわけで、今だって家賃払ってもらってますからね。音大だって通わせてくれたし、まあそれは中退しちゃったんですけど。だから」

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