小説

『タランテラ』結城紫雄(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

 さっそく坂田くんにこの「新発見」を話すと、「男はいつまでもメカが好きですからね」と彼は言い、「昆虫宇宙人説」という眉唾もののうんちくを教えてくれた。昆虫は太古より姿形が変わっておらず、始祖となる種の化石がない。よって恐竜や哺乳類のように、古代から地球上に存在したという証拠が存在しない。加えて人間が本能的に虫を嫌うのは、かつて地球外より遊星に乗って飛来した宇宙人=昆虫に我々の遺伝子が対異物としての拒否反応を起こしているからだ、というのがおおまかな内容であった。私は遊星歯車機構が描く、緻密で美しい三本軸の軌道を考える。比類なき怪力を持つネプチューンオオカブトや、かつて通貨として用いられていたというプラチナコガネ、そしてタランチュラ。彼らの異形は、ほかの星からやってきたという法螺話を静かに肯定しているように思えた。
「カンナさんのクモちゃんは元気っすか?」
 カルキ抜きの錠剤をベラの水槽に投げながら坂田くんが言う。ベラは可憐な外見に似合わず気性が荒い。投げ込まれた錠剤を多種の小魚と勘違いしたのか、集団でつつきまわしていた。
「わかんない。毎日もたもた動いて餌食べてるだけよ」
 私と一緒だ、と自嘲気味に応える。
 タランチュラは長生きだと店長が言っていたが、せめてこのクモが生きているうちには新たな毒が欲しい。私はグロテスクな巨体を前にぼんやりと考えていた。

 ある日の夕方、タランチュラはこの店に来てから数回目の脱皮をしていた。脱ぎ捨てられた皮は餌になるのでそのまま放置しておく。脱皮の瞬間はまだ見たことがない。彼が宅配便で私のもとに届いてからそろそろ五ヶ月がたち、季節は春を迎えていた。
「カンナさん、そのクモ好きっすよね」
 いつものように、坂田くんが声をかけてきた。私が視線を返すと、彼はなぜだか弁解するように呟く。
「いや、いつも見てるから」
「好きだよ。そいつ、タランチュラっていうんだけど、こんな歌があるの。知ってる?」
 私はさわりの部分を口ずさんでみせた。耳を傾けていた坂田くんが膝を打つ。
「ああ、『タランテラ』すね。俺も小学生のとき、ブルグミュラーかなんかのピアノ教則本で弾いたな。テンポ速くてかっこいいから子どもは喜んでやるんすよ」
「さすが元音大生ね。三年前にヨーロッパ旅行いったときに、イタリアで聞いたんだ」

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