『ぶっちぎりで勝ちますから、マジで』鷹村仁(『ウサギと亀』)
ツイート 髪が長く、目は切れ長、スッと通った鼻筋、薄すぎず厚すぎない唇、清潔感があり、常にまっすぐに伸びた背筋。完璧な女性。吉永玲子。高校2年生。その容姿端麗な姿は誰が見ても『美人』と言う言葉が出てくる。 特に部活動 […]
『ささくれ』室市雅則(『桃太郎』)
ツイート 震えている。 船の揺れのせいではない。 武者震いでもない。 怖い。 果たして、おれに鬼が斬れるのだろうか。 蚊や蝿くらいなら問題がないのだが、ある程度の大きさの虫になると、もう殺せない。 子供の頃 […]
『イントロスペクション』泉鈍(『魔術』芥川龍之介)
ツイート 階上の女の笑い声をかき消したかった。 目を覚ますと、とびきり大きな音でセロニアス・モンクの「イントロスペクション」が繰り返し流れていた。まだ覚醒しきっていない頭に、不安定なピアノの音を叩きつけられていると、 […]
『白い犬』柴垣いろ葉(『山月記』)
ツイート なるほど、と思わず唸ってしまった。 先ほど買い物から帰ってきて、少し部屋の空気を入れ替えようと窓を開けたら、別れた彼からもらってベランダにそのままにしてあった植木の茎がぽっきり折れてしまっていたのが目に入っ […]
『父の宝』平大典(『ヘンデルとグレーテル』)
ツイート 「宝がある」 半年ぶりに顔を見た親父は、すっかり細くなった頬を緩めていた。 元気な頃は、はんぺんのように柔らかそうな頬であったのに、今ではげっそりとして見る影がない。頬だけではなく、目は虚ろだったし、干から […]
『出鱈目』広瀬厚氏(『平凡』)
ツイート 私は今年五十になる。あぁ…… いつの間にやら半世紀を生きてしまった。何だったんだろう? 私の半世紀。何かになれる、何かになれる、って子供時分からずっと思って生きてきた。きっと何かしらの天賦でもって立身出世する […]
『桃』月山(『桃太郎』)
ツイート ぷかり、ぷかり。 どこかの海に、桃が浮いています。 桃です。巨大な、とても巨大な桃です。ひとつの島ほどの大きさもある、そういう桃が浮いています。 むかし、むかし。 桃は小さな桃でした。人の手に収まるよ […]
『終活に忙しいのです』サクラギコウ(『死ぬなら、今』)
ツイート 俵木純一郎は貯金通帳を見るのが生きがいだった。 特に資産があるわけでもない家に生まれ、特に際立った能力があるわけでもない純一郎にとって、金を貯めるのは節約しかないと思ってきた。1に節約2に節約の生活だ。結婚 […]
『夏目クリスティの嘘』佐藤邦彦(『あさましきもの』)
ツイート 勝呂と名乗った男性編集者はピョンとテービルの上に跳び乗ると、顔より大きく口を開き、平田淳子を指差し喚き始めた。 「素晴らしい!実に、まったく、とてつもなく素晴らしい作品です。質の良い純文学でもあり、次はどー […]
『トゥルニエ女ハナ子』義若ユウスケ(『遠野物語』)
ツイート 「お前の弱点はどこだ」 ある日ぼくは白望山のふもとの道で、見知らぬ河童にそうきかれた。 「腹」とぼくはこたえた。 それは真っ赤な嘘だった。ぼくの腹筋はバキバキなのだ。 河童はおりゃっといって殴りつけてきた […]
『トゥルニエ女パピコ』義若ユウスケ(『竹取物語』)
ツイート 終戦記念日に、デパートの屋上でマリファナを吸いながら花火をみていた。すぐとなりには火星人パピコがいて、ありきたりな恋のときめきがぼくの胸を満たしていた。火星人パピコはぼくの右手をにぎっていた。 「今日、うちホ […]
『Steal this album』澤ノブワレ(『耳無し芳一』)
ツイート 山口県のとあるレコード店は、深刻な問題に直面していた。店長の芳平一家(よしひら かずや)は、真夜中の事務所でうなり声をあげていた。机の上からずり落ちて地面にとぐろを巻いた三本のレシートロール。芳平は、それらを […]
『鬼婆の旅立ち』室市雅則(『安達ヶ原の鬼婆』)
ツイート シャ、シャ、シャ。 「はぁ」 シャー、シャー、シャー。 「はぁ」 シャッ、シャッ。 「旅人来ねえ…」 『布施屋』と手で彫った看板を掲げた二間続きの小屋の中で、鬼婆は出刃包丁を研ぎながら呟いた。 出刃包 […]
『ライオンは寝ている』中村吉郎(『ねずみの恩返し』)
ツイート ライオンは寝ていました。群れ(プライド)のボスであるその雄ライオンは、先ほどバッファローの肉をたらふく食い尽くし、動けなくなる程満腹でした。 バッファローの群れを追い回し、撹乱し、逃げ遅れた一頭に襲いかかる […]
『網棚の遊戯者』間詰ちひろ(『屋根裏の散歩者』『赤い部屋』)
ツイート 「すみません、本当に……。ほら! ゆうなもお姉さんに謝って!」 「でも、ゆうな、ちゃんとフタ閉めたもん」 智子のおでこからは、ぽたりぽたりと麦茶が流れ落ちている。 「あ、いえ、大丈夫です……」 母親は慌てな […]
『耳』田辺ふみ(『耳なし芳一』)
ツイート 美しい耳だった。 ふんわりとした耳朶は縁に近づくにつれ、赤みを帯び、甘い果物のようだった。 上部のカーブは優しく、耳輪はくっきりとしていた。 その内側の穴に向かう迷路のような襞はくねくねと曲がり、まるで […]
『ピンクの雫』柴垣いろ葉(『アリとキリギリス』『さくらさくら』)
ツイート 雪解けの水を一身に吸い込んだ土の中から小さな緑色の生命体が這い上がってきました。あたりの様子をうかがっていたその生命体は、しばらくすると、全身を矢のようにして走り出します。 この緑色の生命体の正体はキリギリ […]
『・・・の会』きぐちゆう(『桃太郎』)
ツイート 一体俺が何をした。 なぜこんな目に。 俺は今、生臭い窮屈な袋の中に居る。 一週間前。家に帰るとテーブルにピンクの封筒があった。 視線に気づいた妻はさり気なく片付けたが、一瞬緊張感が走った。格別仲が良い […]
『ドーナツと檸檬』もりまりこ(『檸檬』)
ツイート 磔にされたイエスの項垂れた大理石の首と足がやたらリアルだった、白檀みたいな匂いのする古い教室でのとつぜんの出来事。 カジモトにとってそれは突然にやってきた。 <ド>は、ドーナツのドやろ、きょうび。<レ>いう […]
『亀の甲羅が割れた顛末』三号ケイタ(『くらげの骨なし』)
ツイート 亀はため息をついた。砂浜を波が絶えず押しては返すその様子を見るともなく見て、何度も息をついていた。亀がそうやってため息をつくのは、昨日、自分が勤めをする竜宮での達しによるものだった。 「猿の生き肝を持参したも […]
『AIしてる』村田謙一郎(『かぐや姫』)
ツイート 側溝にはまだ、色あせた桜の花びらが残っていた。 通りを歩く人にマスク姿が多いのは、ピークは過ぎたとはいえ、まだ油断ならぬ花粉症への対策だろう。花粉に縁のないことを感謝しながら宅間はしっかり腕を振って歩く。ビ […]
『透明な魔法』森な子(『オズの魔法使い』)
ツイート 女の子だから、上履きのゴムの部分は赤色にしなくちゃいけなかった。女の子だから制服はスカートにしなくちゃいけなかった。私は女の子だから。 クラスメートたちのはしゃいだ声が頭上から降ってくるのを聞きながら私は、 […]
『唇』金谷沙織(『草枕』)
ツイート 唇が欲しいと思ったのです。真っ赤な、唇。ある古着屋の女の子を見て、僕はそう、強く思ったのでした。 僕は、通っている絵画教室の六月末の展示会に出す作品のモチーフが未だ決まっておらず、その日、それを見つけるため […]
『裏島太郎』木暮耕太郎(『浦島太郎』)
ツイート 「おい、おっさん。おっさん!大丈夫か!?」 青年は砂浜に半裸で横たわっている中年の男の体を揺さぶった。 季節は10月下旬。青年は戦績の上がらないプロ格闘家で、日課である早朝の走り込みを行っていた。来月の頭に […]
『鰐梨』黄間友香(『夢十夜』『檸檬』)
ツイート こんな夢を見た。 気がついた時私は一人で、何もない空間にある一つの指標のごとく棒立ちだった。背景は真っ白で、空気があったかどうかすら怪しい。苦しくないけれどそれと同時に息を吸って吐くという感覚がなく、口と鼻 […]
『さいごのひとはな』菊野琴子(『さいごのひとは』)
ツイート 花がそこに在ると気づいたのはいつだったろう。 花の色を知ったのはいつだったろう。 儚く消え去るものに、さして役に立たぬものに、縋るような感動を覚えるようになったのは。 「花を纏いなさいよ」 小さ […]
『千年カグヤ』柘榴木昂(『かぐや姫』)
ツイート 犯人はファイバーテクト・ガラスを粉砕し、硬化鉄のセキュリティドアを破って6メートルもある塀を飛び越えていったことになる。でも、何のために? 破壊されたガラスケースはすでに空だった。というとは何かがあったのだ […]
『ちょろきゅう』太田純平(『たのきゅう(民話)』)
ツイート 武蔵野線の高架下で、ヤンキーに絡まれた。 少し、状況を整理しよう。 今から十分くらい前、西船橋のマクドナルドを出て家路についた。 いつものように千葉街道を歩いていると、今日はやけに塾や予備校の明かりが眩 […]
『平成 牡丹燈籠』サクラギコウ(『怪談 牡丹燈籠』)
ツイート 1 「私はね、弟子は取らないことにしているんですよ」 落語家の囃子亭菊輔は真っ赤なTシャツとジーパン姿で正座をしている若者に言った。 昔から弟子は取らないと決めていた。還暦を過ぎ今更若者を育てる気もなかっ […]
『謎のパスモ』太田純平(『謎のカード』)
ツイート 「うほ……美人……」 横浜駅のホームに美女が立っていた。二十代後半だろうか。茶髪のポニーテールに、夏物の白いワンピース。ミサンガのようなイヤリングは南国風だが、最も似合いそうな街は表参道だ。 美女は妖しげな […]