小説

『ちょろきゅう』太田純平(『たのきゅう(民話)』)

 武蔵野線の高架下で、ヤンキーに絡まれた。
 少し、状況を整理しよう。
 今から十分くらい前、西船橋のマクドナルドを出て家路についた。
 いつものように千葉街道を歩いていると、今日はやけに塾や予備校の明かりが眩しく感じた。
 人工的な光を避けたくなって、普段は通らない、線路沿いの道に折れた。
 同級生がよくこの辺でカツアゲされたと語っていたから、治安の悪さについては認識していた。
 そして、今。
 秋の、夜長。
 案の定というべきか、ヤンキーに絡まれた。
 高架下でタバコをふかしていた男に、声を掛けられたのだ。
「オォイ」
「?」
「オマエどこ中?」
「すぐ、そこの――」
「アァ?」
 具体的に中学の名前を言わなかったのが不服なのか、男は立ち上がって、僕の目の前に来た。三、四個年上だろうか。高校球児のような顔つきで、空色の作業服を着ている。ヘルメットを被せれば、日ハムの四番でも打ちそうだ。
「オマエ名前は?」
「ちょろきゅう」
「アァ? てめぇナメてんの?」
「イエ、アノ」
「名前は?」
「ちょろきゅう」
 胸倉を掴んで凄む男に、僕は続けた。
「アノ、自分、本当に、ちょろきゅうって名前で――」
「んなわけねぇだろッ!」
 地面に押し倒された僕は「しょ、証拠が――証拠があります」と訴えて、胸ポケットから学生証を取り出した。
 男はすぐさま学生証をひったくって、僕の名前を確認した。
 沸騰直前のお湯が水になったように、男のトーンが落ち着いた。
「相沢?」
「ハイ」
「相沢ちょろきゅう?」
「ハイ」

1 2 3 4 5 6 7