小説

『透明な魔法』森な子(『オズの魔法使い』)

 女の子だから、上履きのゴムの部分は赤色にしなくちゃいけなかった。女の子だから制服はスカートにしなくちゃいけなかった。私は女の子だから。
 クラスメートたちのはしゃいだ声が頭上から降ってくるのを聞きながら私は、一人薄暗い家庭科室の冷たい椅子に腰かけていた。私の学校は屋上にプールがある。昔はグラウンドの隣にあったらしいけれど、変質者が出るから、という理由で場所を移された。今日はプール開きなので、今頃クラスメートたちは冷たい水のなかではしゃぎまわっているだろう。
 私はうちのめされていた。何に、と言われたら困るが。何かにぼこぼこになるまで殴られたような気持ちでプールの授業をさぼった。
 暗い気持ちで自分のつま先を見つめると、真っ赤なゴムで覆われた上履きが目に入って、それがなんだかとても嫌で、制服のスカートをぎゅっと握った。ぱっと顔を上げると目の前に鏡があって、不機嫌そうな顔をした私が、似合わない制服に身を包んでいる姿が映し出された。
 上履きは、本当は真っ白のやつがよかった。男の子みたいに青にしたいとかは思わない。だけど、女の子だからという理由で赤い上履きを履かされるのがなんとなく嫌だった。
 スカートだって本当は履きたくない。私は背が高いし、だかというわけではないが、でもかわいらしい格好は全然似合わない。他の子たちみたいに、おしゃれをしたいなんてもっと思わない。本当は髪だって短くしたい。
 どうしてこんなに窮屈なんだろう。どうして皆はにこにこしてスカートを履けるのだろう。赤い上履きで歩けるのだろう。
 プールの授業をさぼった理由は、単純に水着を着たくなかったからだ。私は自分の体形が嫌いだった。膨らんだ胸やお尻の形がぞっとするほど気に入らない。担任の先生にそう伝えると、そんなわがままは通用しない、と怒られたが、私のこの気持ちはわがままなのだろうか。
 わがままってなんだろう。
 授業をさぼるってとても心細い。この後、どんな顔をしてほかのみんなと混ざればよいのだろう。どういう顔をしているのが普通なのだろう。
 私は本当に憂鬱で、いっそ泣きたいくらいの気持ちで時計を見た。もうすぐプールの授業が終わる。そうしたら、教室に戻らなくてはいけない。
 嫌だな、と思っていると、窓の外に見えるグランドの一部が盛り上がって、水が噴射された。スプリンクラーだ。数時間に一回ああやって水を放出している。ぼんやり眺めていると、きらきらと跳ねる水の合間を縫うように、橋がかかった。虹だ。
 そういえば、昔、祖母家で見た古い映画、なんだっけ、あれ。綺麗な女の子が美しい声で歌っていた。虹のむこう、はるかかなたに、いつかおとぎ話できいた国がある。そんなかんじの歌詞だった。
 虹をこえたら、どこかへ行けるだろうか。学校のグラウンドにあらわれたちっぽけな虹じゃ、流石にむりか。
 私はしばらくスプリンクラーの水を眺めていた。屋上から声がやんだので、そろそろ体育の授業が終わったのだろう。
 教室に戻らなきゃ、と思って席を立つ。すると、急に眩暈がして、ぐわんと視界が揺れた。こんなことは初めてだった。妙に冷えた頭で、あ、転倒する、と考えたが、思考は働くのに体が動かない。痛みに備えるようにぎゅっと目をつむると、遠くでごおごおとすごい音が鳴っていた。竜巻みたいな、激しいその音を聞きながら私は、意識を手放した。

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