小説

『透明な魔法』森な子(『オズの魔法使い』)

 目が覚めると知らない場所にいた。えっ、と思って辺りを見回すと、美しい花が咲いていて、ふんわりと良い匂いもした。頭を打ったのか、ずきずきと後頭部が傷んだ。
「あら、魔女が空から降ってきたわ」
 穏やかな声に振り向くと、美しい女の人が柔らかい笑みを浮かべて立っていた。私は唖然としてしまって何も言えなかった。間抜けな顔をしているであろう私に、その人は「魔女さん、あなたはどこからきたの」と言った。
「私、学校にいて、それで……」
「学校、っていう場所からきたのね。じゃああなたは、学校の国の魔女ね」
 目を白黒させていると、その女の人は楽しそうに笑って「こっちへ」と私を椅子へ座らせた。
「あなた、ルビーの靴を履いているのね。これを履くのは前にきたあの子と、あなただけよ」
「ルビーの靴?」
 私はいつの間にか赤くて美しいハイヒールを履いていた。みずぼらしい上履きを履いていたはずだったのに。驚いて思わずぎゃっと悲鳴をあげると、美しい女性は歌うように「あなたは良い魔女?悪い魔女?」と訊いてきた。
「いえ、あの……私、魔女じゃありません」
「そうなの?空から降ってきたのに?」
「はい……多分、ここは、私の夢の中。あなたも、空想上の人間」
「本当にそうだと言い切れる?」
「え?」
「世の中に、確かなことなんてないのよ。きっと一つもね。さあ立って!あなた、窮屈そうな服を着ているのね。とても似合うけれど、でもあなたの心に釣り合っていない。本当はどんな服が着たいの?」
 言われて私は固まってしまった。すべてを見透かすような瞳でまっすぐに見つめられて、どうしよう、とじんわり汗をかいた。
 ずっと誰にも言えなかった。兄が二人いて、両親は末っ子の私が生まれてきたとき、女の子が一人はほしかったのだと本当に喜んだという。母は私の髪をいじるのが好きで、本当に嬉しそうに毎日色んな髪型にしてくれる。けれど私はそれが嫌だった。だって私が女の子だから母は髪を結うのだ。
 学校の友達はみんな好きな男の子の話や、おしゃれの話をする。私はそれについていくことができない。にこにこ笑って聞いていても、心はどこか別の場所にある。どこにあるのかと聞かれると、まだわからないけれど。
 そういうことを、ほかの人に言うなんて、絶対にできないと思っていた。けれどここは私の夢の中だ。目の前の美しい女性も、私が作り出した夢の住人。
「私……本当はスカートなんて履きたくない。髪も短くしたいし、胸が膨らむのも嫌。友達のことは好きだけど、でもそれはそれとして別で、無理に話を合わせることも、本当はもうしたくない」
「どうして?あなたは女の子なのに?」
「私、女の子なの?本当に?それは誰がどう決めるの?」

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