小説

『・・・の会』きぐちゆう(『桃太郎』)

 一体俺が何をした。
 なぜこんな目に。
 俺は今、生臭い窮屈な袋の中に居る。

 一週間前。家に帰るとテーブルにピンクの封筒があった。
 視線に気づいた妻はさり気なく片付けたが、一瞬緊張感が走った。格別仲が良い訳ではないが、結婚二十年にもなると分かる。宛名のシールには妻の名が印字されていた。差出人は・・・なんとかの会、だったのだが思い出せない。

 拉致されてから意識が戻るまでの時間経過が分からない。帰宅途中の路上で薬を嗅がされ、ワゴン車に押し込められた。そこからの記憶は断片的だ。小児科病棟のようなパステルカラーの病室。錘を載せられたように動かない体。朦朧とした意識と視野。俺の口は声も出せず涎を垂らしていた。
 誰かと間違われたのかと思った。誘拐されるような金持ちじゃない。犯罪に加担した覚えもなく、臓器を狙われる程若くもない。煙草が辞められない中年の体なんて大した値は付かないだろう。その時点ではまだ、俺の体は空気に触れていた。何度記憶を反芻しただろう。皮膚を撫でる空気が懐かしい。

 俺は冷静だ。状況を逐一思い出しながら、打開策はないか考えられる。時々記憶が飛ぶのがもどかしい。誰かの声がした。俺と違う誰かが、同じ部屋に連れて来られた。抵抗している気配がして、拘束されているようで、ぎしぎしと軋む音と唸り声。見ようにも眼球が動かなかった。あぁ疲れた・・・動けなくても、思い出すだけで疲れるものだな。頭が綿のようだ。

 何度目かの眠りから目が覚めた。何も見えない。次は何だっけ・・・そうだ、別の声がした。優しい、年配の女の声。やり直せばいいのにねぇ・・・違う。この声はもっと後だ。録音だ。聞かされたのは妻の声の録音だった。くだらない愚痴。俺が靴下を脱ぎっぱなしにする、洗面台をびしゃびしゃに濡らす、家の事を何もしない・・・意味のない愚痴を、さも大層な悩みのように話す妻は頭が悪いと改めて思った。それをしなかったらお前にどんな価値があるんだ。妻が家事をしないなら、結婚する意味がどこにある。ロボット家電を揃えて家事代行サービスをうまく使った方が、ひと一人養うよりよっぽど安く済む。若い頃に感じた愛情は勘違いした性欲だったんじゃないか。ああしかし、臭いなこの袋の中は。ぬるぬるぬるぬる。子どもが出来ていたら何か違ったんだろうか・・・いや、こんな事を考えても意味がない。俺はさっきから何度も何度も同じ推論に辿り着き、否定する為に何度も考える。ああしかし、推論はやはり正しいのだろうか。俺は今、妻の胎内に居る。

 最初に意識が戻った時、俺は四肢を伸ばして出ようとした。その時
 「ヴヴああぁぁぁぁ」

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