小説

『・・・の会』きぐちゆう(『桃太郎』)

 この袋はやっぱりゴムだ。俺が破って脱出したら、自分が助かる為に妻を殺そうとしましたねとか言われて、妻から離婚を言い渡されて、がっぽり慰謝料を取られるんじゃないか。
 そんな考えも浮かぶ。そうだ、妻の膣から胎内に押し込まれるなんて、そんな事ある筈がない・・・

 ああ。目が覚めた。
 呼吸をしている意識はないが、俺は酸素を取り込んでいるらしい。腹も減らない。生温かい袋の中は、どうかすると気持ちがいい位で、うつらうつらと睡眠に落ち込む時間が増えた気がする。そしてまた目を閉じる。

 もう、どう考えたらいいのか。年配の女の声も、老紳士の声もしなくなった。会社はどうなっただろう。会社・・・まぁ、そんなに行きたい訳でもないが。俺が居なくってもどうにかなるだろう。もう少し様子を見よう。何とかなる。誰かが助けてくれる。袋から出してくれて、よく頑張りましたねってぼくをほめてくれるんだ。とろとろとろ・・・またおしっこが漏れた。

 がちゃん、ばたん、と音がして目が覚めた。
 「ふう。急に建物の検査だなんて困りますねぇ」
 「買い手が付いたんだから仕方がないさ。大丈夫かい、ばあさんや」
 「おじいさんこそ足元に気をつけて」
 がらがらがら。滑車が転がる音。なんだろう、お引越しかな。ぼくは寝てていいのかな、動けないんだし・・・
 うとうとしているとふわっと体が浮いた。誰かに抱っこされてる。同時にこの世のものとは思えない悲鳴がしたけど、きっと気のせいだろう。人間から出るような声じゃなかったもん。よっこらしょ、どっこいしょ。外は何だか大変そう。ぼくの体は何度も揺れて、お化けの悲鳴も何度も聞こえた。ぐえ、ぐえ、って潰れた蛙みたい。
 がっしゃーんって大きな音がして、ぼくは玩具みたいに放り出された。そして目が痛い位明るい光に包まれた・・・

 「全く・・・こんな気色悪い現場初めてだな」
 「気色悪いとか言うな、死人が出てるんだ」
 病院の廃墟から飛び出したワゴン車は横転し、運転手と同乗者二名が死亡。一名が命を取り留めた。二遺体は原型を留めており、事故死と見て不審な点はない。残り一体の女性の遺体と唯一の生存者の男性が問題だった。
 女性は三十代から四十代と見られ、全裸。事故死か他殺かの判断の為検死に回されるだろうが、果たしてこれ以上解剖の余地があるのだろうか。喉元から下腹部まで大きく引き裂かれて破裂した風船のようだ。人間の中身たるべき内臓や血液がそこら中に飛び散っている。出来れば事故死であってほしいと鑑識は切に願った。人が人をこんな状態で殺すなどあってはならない。
 「あれ・・・証言取れますかね」

1 2 3 4