『時の流れ』広瀬厚氏(『浦島太郎』)
ツイート 「きっとそう言ったことであろう」 太郎は、決して開けてはならぬ、と乙姫から渡された玉手箱を両の手に持ち、あれやこれやと考えぬいたすえ悟った。 多少の面影は違えど、確かにここは、自分のよく知った浜辺だ。されど […]
『高貴な姫君』中崎杏奈(『竹取物語』)
ツイート 語られる物語がある。国の数だけ、言葉の数だけ、人の数だけ。 それらのほとんどが人の為に創られたもの。胸の内に秘めた欲望を形にした人のためのおとぎ話。 舞台はとある大きくも小さくもない町の学校の一クラス。こ […]
『悟らずの筆』森江蘭(『徒然草』より『仁和寺なる法師』)
ツイート 「これは、良順殿。久しぶりですな。」 墨染めの衣をまとった僧が、網代笠に手をかけて頭を下げる。ささ、と、こちらも僧形の男が、粗末な庵の中で良順と呼ばれた男を手招いた。 「兼好どの。ご無沙汰しておりましたな。実 […]
『金魚姫』宍井千穂(『人魚姫』)
ツイート この教室には酸素がない。死にかけの金魚みたいに口をパクパクさせても、ただ苦しいだけだ。あちらこちらを器用に泳ぎ回るクラスメイトの横で、私は静かに溺れていく。 「うわ、あいつまだ学校に来てるよ。ほんとうざい」 […]
『疑似恋愛』太田純平(『擬似新年』大下宇陀児)
ツイート 「あけましておめでとうございます」 白々しい挨拶を終えると、早速男は検品作業に入った。ここはレディースの靴屋なのに、毎回この男が検品する。歳は五十過ぎだろう。頭頂部は焼け野原で、失礼ながらいかにも冴えない。こ […]
『鬼の定義』藤井あやめ(『桃太郎』)
ツイート 色とりどりの電光が、月夜を静寂から目覚めさせる。 雨上がりの街は水滴のベールを身に纏い、あらゆるものを反射した。 艶やかに湿ったコンクリートは街灯の光を吸い込み、あたかも自らが発電したかのように街を照らす。 暗 […]
『花咲か姉さん』黒髪桜(『花咲か爺』)
ツイート 早めに仕事を切り上げ、家路につくことにした。まだ五時過ぎだというのに、茜の余韻だけが空に広がっている。 いつもなら仕事が終わった後も、店主にお願いして修行を見てもらう。店に出るころには、外は暗闇に包まれてい […]
『愛しのルリ』緋川小夏(『八百比丘尼伝説』『人魚姫』)
ツイート その魚は異様な姿をしていた。 海藻のように黒くて長い髪の毛が、白い肌にぺったりと貼りついている。丸く大きな瞳は瑠璃色に煌めき、唇は紅をさしたかのように赤い。胸にはふたつの乳房らしき膨らみがあって、その先端に […]
『ビートルズ』もりまりこ(『変身』『冬の蠅』)
ツイート 緑色の光の中で歩幅をひろげて逃げてゆく人。非常口へと急いでいる。頭の中ではいつだって逃げているんです。母の非常口、父の非常口、あなたの非常口。こんなに逃げ続けているのにわたしの非常口はみつからないんですと、遠 […]
『かぐやへ』本谷みちこ(『竹取物語』)
ツイート かぐや、元気にしていますか。あなたと最後に話してから、もう幾月経ったでしょうか。朝、竹林を揺らす風のにおいで、あなたと出会った時のことが、思い出されます。深緑のつややかな容れものに入って、うずくまっていた小さ […]
『アロンアロンアンドアロン』もりまりこ(『月夜のでんしんばしら』)
ツイート 眼で読んでいたはずのことばが、ふいに耳で聞いているように感じられて好きだなこの言葉って、ちょっと胸のなかではじけとぶような瞬間があった。 意味ももちろん大事なんだろうけど、まずはじめにりずむにやられて、りず […]
『アリとキリギリス』鷹村仁(『アリとキリギリス』)
ツイート 今日若い社員が会社をやめた。そいつは会社を去る前に「お世話になりました」と社内に挨拶して回った。当然私にも挨拶してきた。「頑張ってな」と声をかけ、その社員は「はい、ありがとうございます!」そう言って、また違う […]
『100年目』NOBUOTTO(『夢十話』)
ツイート 1.武志と明子 一世紀前は世界中が注目していた先端研究所も、恐ろしいまでの技術進歩の中で全てが過去の遺物になっていた。 研究所の地下倉庫に明子とハルは逃げてきた。ここなら誰も来ることはない。 ハルがビク […]
『書架脇に隠れる小さな怪人』洗い熊Q(『オペラ座の怪人』)
ツイート ノスタルジア。誰でも、その愁いに浸ってしまう。 この教室に来たら。 歳を重ねた人でも。また年端もいかない子でも。 でも寂しいという情景は滲まない。 重ね付けされてきた色の木板。陽の光が艶々に反射される […]
『マドロシカは三度眠る 』篠崎フクシ(『眠る森のお姫さま』)
ツイート わたしは嘗て、死のようなものを経験したことがある。 いや、正確には、肉体の多くの機能を失った後も、死へと向かい続けていた。不慮の事故に遭遇したわたしは、いわゆる世俗的な意味での死を迎えつつあるようだった。呼 […]
『目のあるメゾン』紗々井十代(『絵のない絵本』)
ツイート その晩、私は物憂げな少年の元を訪ねる。 肌寒さがようやく重い腰をあげようかという秋の頃だ。 彼は部屋の窓際で、何かを憂いているようだったが、私の顔を見ると喜んだ。 「やあ月。いい夜だね」 「そうかな。 […]
『檸檬色』月山(『檸檬』)
ツイート えたいの知れない不吉な塊が僕の心を始終おさえつけていた。焦燥といおうか、嫌悪といおうか――否、これは嫌悪などでは決してなく、むしろその逆なのだろうと、僕は知っている。理解している。それでも尚、まるで崖の上、今 […]
『魔女は真実を語らない』佐野すみれ(『いばら姫』)
ツイート 物語は嘘だらけだ。 嘘のお話を書き綴った人工物は、そもそも無いものを有るように見せているのだから、嘘(フィクション)で構築されているのは当然なんだけど、嘘に埋もれた物語はいつだって真実を隠してしまう。 だか […]
『青い女たち』紗々井十代(『ジャックと豆の木』)
ツイート 「ねえ、由美子。大変なことになった。いますぐ学校の屋上に来て」 その日、ジャックからの電話で目が覚めた。やけに身体が重たくて、ぼやけた頭で時計を見ると五時だった。早朝の五時。 「私が昨日何時に寝たと思って […]
『青い空の下で君と』霜月りつ(『千夜一夜物語』)
ツイート 昔、昔、漁師が浜を歩いていて、壷を見つけました。 壷には栓がしてあったので、漁師はその栓を抜いてみました。すると、中から煙と一緒に魔人が現れ、漁師に向かっていいました。 「壷から出してくれてありがとう。お礼 […]
『鏡よ鏡』平大典(『白雪姫』)
ツイート 「加賀見くん」工学部に所属する同級生の猪狩は俺が手にしていたスマートフォンを指差す。「そんな派手なケースだったっけ?」 昼食時の大学食堂は、学生で混み合って活気がある。俺たちは人ごみを避け、日のあたりが悪い窓 […]
『みにくいこわれたじゅんぜんたるあくいの子』柘榴木昴(『みにくいアヒルの子』)
ツイート ハープを弾くとハープ奏者になるように、勇気を持つと勇敢になる。 でもいくら汚いと罵られても、私は美しかった。廃工場の割れた天窓から柔らかい青みを帯びた秋の空が覗いていた。目の前に転がる叔父の首は、色をなくし […]
『河童の女房』緋川小夏(『河童』)
ツイート 夢を見て、泣きながら目が覚めた。 涙が頬を伝い耳の窪みに到達するのを確かめてから、再び目を閉じる。潮はすでに遥か遠くに引いてしまって、もうわたしを沖へと連れて行ってはくれなかった。 軒下に突き出した換気扇 […]
『パラケルス・ルビドシアナ』末永政和(萩原朔太郎『虫』)
ツイート パラケルス・ルビドシアナ。会社帰りの電車のなかで、唐突にこの言葉が降って湧いてきた。聞き覚えのない、まったくでたらめのような文字の連なりだった。しかしなぜだか頭から離れず、電車に揺られるあいだ私はずっとこの言 […]
ネイキッド! ネイキッド!』十六夜博士(『裸の王様』)
ツイート 思い残す事なんてない――。 だが、そう思っていても、実際にその場に立ってみると思いのほか高所である事に、体が本能的に強張るのがわかった。海からの風が、僕の無防備の身体を凍えさせる。 遥か眼下の黒い突起が、 […]
『手と指、心』森な子(『手袋を買いに』)
ツイート つばめくんがいつもいる場所を知っている。埃だらけの理科準備室、の一番奥にある流しの下。そこに丸まってじっとしている。この世の終わりを予知したみたいに憂鬱そうな顔をして、背中を丸めて座っている。 つばめくんは […]
『その恋がブージャムだったなら』紗々井十代(『スナーク狩り』)
ツイート もしもその恋がブージャムだったなら、あなたはきっと消え失せてしまう。 「ブージャム?」 僕は馴染みのない言葉に訝しんだ。 「ブージャムって何ですか」 横浜の中華街の一角、古びた占い屋でのことだった。 […]
『ウイメンの水死体』紗々井十代(『ブレーメンの音楽隊』)
ツイート 八月のその夜、馬兎みさきの二ヶ月に及ぶ彼との交際は終わった。 「やっぱりお前じゃない。分かるだろ」 駅から家の途中にある、小さな公園でのことだった。 「とにかく。お前とはもう別れる」 一方的に切り出さ […]
『いつかいた鳥』森な子(『青い鳥』)
ツイート 菜穂ちゃんは目に見えない鳥を飼っているのだという。例えばカット野菜の袋を開ける時、その鳥にキャベツの端くれをあげなきゃ、と思うらしい。例えば爪を切るとき、ぱち、ぱち、という音に合わせて、見えない鳥が相槌を打つ […]
『蛇が睨む』篠崎フクシ(『蛇』)
ツイート さっきまで小降りだった雨が、わずかな時間のうちに大降りになってしまった。友人のWはやけに無口で、俺の前をどんどん先へ歩いていく。Wのビニール傘は親骨が一本折れていて、露先がふれる左肩をビショビショに濡らしてい […]