小説

『その恋がブージャムだったなら』紗々井十代(『スナーク狩り』)

 もしもその恋がブージャムだったなら、あなたはきっと消え失せてしまう。
 「ブージャム?」
 僕は馴染みのない言葉に訝しんだ。
 「ブージャムって何ですか」
 横浜の中華街の一角、古びた占い屋でのことだった。
 紫色のフードを被り、水晶玉なんて用意して、手をかざして透視(!)するという、ある種ステレオタイプなその占いには胡散臭さを通り越して感動を憶えた。
 「さきくませ」
 僕の問いには答えず、占い師はにっこりとそれだけ言った。占いはそれで終わりだった。
 店を出るとアリスが待ち構えて、ニヤニヤ笑っていた。
 「結局ヨシくんも興味あるじゃん」
 肘で小突かれて、僕は降参するように両手を上げた。
 「ねえ、どうだった? 当たってた?」
 「なんだか分からなかったよ」
 「ヨシくんってスピリチュアルに縁がなさそうだものね」
 スピリチュアル。
 アリスは肩をすくめて、こっちのは凄かったよ、と教えてくれた。
 なんでも、悩みから解決策まで、タロット一つでぴたりと当たっていたのだと言う。
 「魔法かと思ったよ。どういう仕組みなのかな」
 目を爛々と輝かせて、本当に魔法でも見たようにアリスは騒ぐ。彼女はとても無邪気でかわいいと思う。
 「アリスの場合、考えていることが顔から筒抜けなんだよ」
 「へえ。じゃあ私が今考えていること当ててみてよ」
 「お腹がすいてるんだろ」
 僕が即答すると、アリスはクスクス笑って指を絡ませた。

 一体全体、なんで女の子はスピリチュアルが好きなのだろう。
 横浜の中華街にデートへ行こう、と提案したのはアリスだった。二人とも行ったことがなかったし、どんな場所か見てみたかった。
 街全体の異様な活気は好ましく、歩いているだけでお腹がすく。けれど占い屋の数には辟易した。僕は占いなんてちっとも興味がないのに。
 「ねえ占ってもらおうよ」
 彼女が言い出すまで、そう長くはかからなかった。
 僕は見てるからアリスだけ占ってもらいなよ。そう言うと彼女は、「人の占いを覗くなんて破廉恥」と言うのだ。

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