小説

『青い女たち』紗々井十代(『ジャックと豆の木』)

 「ねえ、由美子。大変なことになった。いますぐ学校の屋上に来て」
 その日、ジャックからの電話で目が覚めた。やけに身体が重たくて、ぼやけた頭で時計を見ると五時だった。早朝の五時。
 「私が昨日何時に寝たと思ってるの」
 「私なんて一睡もしてないのよ」
 不機嫌な声も意に介さず、ジャックはただならぬ慌てっぷりだった。
 「とにかく。早く」
 早朝の五時から、一体何をそんなに慌てることがあるだろう。だって早朝の五時なのに。
 私はしぶしぶ今から向かう旨を伝えると、超特急でよ、と念押され、重たい身体を起こした。
 どうせまた、男に振られたとか男ができたとか、そんな話なのだ。私はトーストを齧って麦茶をすする。テレビもつけるが、この時間はどのチャンネルだって、寝ぼけた内容しかやっていない。

 ジャックは恋愛にいつも全力! みたいな感じの、男好きが高じて男性名を冠するジャックがあだ名として定着した、本名はナオコの女の子。
 適当な由来ではあるけど、本人が好きなもので呼ばれるのだから本望だと思う。セロリが嫌いだからセロリなんてあだ名をつけられるより、よっぽどましだ。
 「学校に行ってきます」と家族に置手紙を残して、静かに学校に向かう。七月の早朝は明らむのも早く、白みがかった空は青に染まりつつある。今日も暑くなりそうだ。

 ※

 「これってどういうこと?」
 「私が訊きたいんだけど」
 私とジャックは一緒に途方に暮れた。まだ人の息遣いさえ聞こえない早朝の校舎の屋上で。
 「気づいたらこうなっていたの。なんでかしら」
 ジャックの顔には大きな隈がへばりついて、それでも興奮で冷めやらぬ元気が満ちていた。
 「そもそもこれは何?」
 「これは手紙よ。私の失恋通知」
 だったはずなんだけど、とジャックは言う。失恋通知と聞いて、私の予想はそれほど的を外していなかったことを知った。けれど事態は想像以上に奇怪で、私たちの眼前に高く聳え立つ。

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