小説

『青い女たち』紗々井十代(『ジャックと豆の木』)

 ちっとも怖気づかずに、Kは果敢に失恋通知を握るとその身を任せた。紐は少しもたゆまない。そのままグラグラと揺らしてみるが、突然落下して尻もち、ということもなく、へっちゃらだった。
 Kはとても勇敢な女の子だ。
 日常においてその勇敢さは、試着せずに服を買うとか、カラオケで一つも音が合ってないのを気にせずに歌い続けるとか、そういったところでのみ発揮されている。
 しかし宇宙への冒険ともなると、勇ましい彼女の振る舞いには頼もしさを覚える。
 大丈夫みたいだ、と頷くKを追って、半ば感謝しながら後に続いた。モチとジャックも続く。
 時刻は間もなく八時を迎えるだろうか。夏の日差しはより強く照り付ける。雲一つない空はキャンバスのようで、途方もなく青い。
 至極順調に、冒険はするすると進んだ。
 私たちは着実に空の一部へと変わっていく。飛ぶ鳥より高く、風のそよぐのを超えて。
 「スズメが寄ってきた」
 「遠くのあれ、ひょっとして富士山じゃない?」
 「もうそろそろ授業が始まる時間だわ」
 「写真撮ろうかな。でも落としたらヤだから止めよう」
 各々は登る手を休めずに和気あいあい好き勝手喋り、陽気に空の青へ溶け込んでいった。
 どれだけ登っただろうか。
 地面はいよいよ遠く、駅ビルがミジンコのよう。私達の頼りはジャックの失恋通知だけ。自ずと手にも力がこもる。この手紙が強靭でなければ、たちまち投げ出され、身を強く打つことだろう。
 そんなことを考えると変に汗をかいてきた。
 「そういえばこれって紙だよね」
 私ははたと思い出す。
 「私、手汗酷くなってきたんだけど。大丈夫かな」
 「由美子は汗ヤバいよね。体育の時とか」
 モチは神妙に言った。
 「夏なんて誰だってそうでしょ」
 そう言い返したものの、たしかに私は人より汗っかきなのだった。
 「私はそれを見越していたの」
 下の方でジャックが嬉しそうに声を上げるのが聞こえる。
 「スカートの下にジャージなんて不埒な恰好じゃ、暑くて仕方ないでしょう」
 「少なくともパンツを下に見せつけるよりは、不埒じゃない」
 至極冷静にKは言い放った。
 そうは言っても、この抜けるような青空で、素足を風に当てたらどれだけ心地いいだろう。
 しかし全人類に下着を見せるくらいならまだ暑い方がマシだった。真冬にスカート丈を短く、タイツさえ履かないような、気合の入ったファッションだと思えばいい。今の自分がオシャレかどうかは、一考の余地があるけれど。
 手汗はどうにもならないし、空の彼方は途方もなく遠い。

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