小説

『青い女たち』紗々井十代(『ジャックと豆の木』)

 「紙を四十三回折ると月まで届くんだって」
 つまり折りたたまれた手紙は、こうして空をつんざく一本の塔になってしまったのだということ。
 「ジャックは何回折ったの」
 「そんなこと覚えているはずないでしょう」
 「だとしたら、これは月どころじゃないかもしれない」
 ひょっとすると、土星。海王星。冥王星。あるいは宇宙の果てとか。
 屋上はにわかに色めき立った。ジャックの失恋なんて、最早どうでもいいのだ。どうせ三日も経てばすぐに忘れて、廊下ですれ違ったA組の誰誰が、制服のポケットに手を突っ込むしぐさにそそられるとか、言い出すのだ。
 そんなことよりも、目の前に聳え立つ宇宙の果てに届いているかもしれない失恋通知の方が、はるかに興味深いものであると三人の意見は無言のうちに合致した。
 「登ってみよう」
 モチがそう提案した。
 「あなた、本気で言ってる?」
 ジャックは楽しげに笑った。自身の失恋がとっくに風化していることに対しては、何か言いたげでもあった。
 「私は危ないと思う」
 Kは首を横に振る。
 「だってスカートだから。下から見えるだろ」
 それはジャージを履けばいい。Kは時たま、分かりにくい冗談を言う。
 「私はジャージを履かないわ。失恋した女のパンツを拝みなさい」
 ジャックが何か吹っ切れたように言った。
 「女子高生のパンツなのに。大安売りだね」
とモチが呆れると、勝負パンツだったのよ。折角の日だから。ジャックは拗ねてみせた。
 ジャックを除く三人は、そそくさとスカートの下にジャージを身に着け、所謂「ハニワスタイル」になる。ジャージを取りに潜った校舎はいまだ寝静まり、粛々と今日の授業を待ちわびていた。
 しかし私たちにそんなことは関係なく、エスケープして宇宙に行ってしまうのだ。
 とにかく拍子抜けするほどあっさり、得体のしれない失恋通知を登ることはこうして決定した。

 ※

 昇る順番なのだが、Kを先頭に、私、モチ、ジャックと続く形になった。当然だが宇宙に向かう間、ジャックの勝負下着は眺めたくない。後は適当だ。
 「それじゃあ準備は良いか?」
 まるで隊長のように勇ましいKの一言に、私たちは神妙に頷く。心地よい緊張感が、夏の日差しを受けて高まった。
 「良い冒険を!」
 こうして私たちの宇宙への旅路が始まる。天窓から差す光を浴びて静かに書を嗜むような女性がタイプ、と書かれた細く長い手紙を手繰る冒険。

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