モチは呑気に痴情を詮索していた。しかしこれでは埒が空かない。
「ねえジャック。一回ちゃんと話してよ。昨日の話を」
言った後で、彼女の苦い記憶を辿らせるには少々不躾な物言いだったと気付いたが、ジャックは大いに憤り、洗いざらいぶちまけたいようだった。
丁度一週間前よ。そうやって彼女は話し始めた。
「丁度一週間前よ。私が彼に告白したのは(誰? とモチは訊ねる)。椎村くん(あの真面目腐ってズボンの裾がほつれている人ね、とモチが言った)でも彼、かわいいわ(なんだか犬っぽい顔のヤツだ、とKは言う。しかし椎村君のズボンの裾がほつれているのは、私も気がかりなところだった)。ねえ、あなたたち話を聞く気はあるの?」
ジャックはウンザリと言った。私は謝りつつ先を促す。
彼女が語ったのは以下の通りだった。
「返事をするから、明日の放課後、屋上に来てほしい」
前日にメールでそう告げられた彼女は、嬉しい緊張感に包まれて、下着の色やリップの香りなど四時間かけて選び、来るべき放課後に臨んだ。
しかし結果は彼女の再三言う通り芳しくなく、椎村くんは一言、「本当にごめん。これが僕の気持ちです」とだけ告げて、手紙を押し付けて帰ったと言う。
しばし呆然としたジャックは、一縷の希望にすがるように手紙を読んだ。
そこには、天窓から差す光を浴びて静かに書を嗜むような女性が彼のタイプ、という内容がびっちりと、几帳面な文字でしたためられており――私達三人はこの部分で耐えきれず、大いに笑った――、ジャックははらはらと涙を流したそうだ。
恋愛体質の彼女だから、振った振られたはオンナの華と言った赴きなのだが、昨日ばかりは一人になりたかったらしい。屋上に座り込むと、そのままそこで夜を明かすことを決意する。
悲痛な「失恋通知」を握りしめ、ジャックはただ夜空を眺めていた(曰く、あの星と星の間に満ちた深い闇が、私と彼の距離なのだわ)。
夜も更け、濃い静寂が満ちる屋上で、彼女の手は無意識に失恋通知を折り畳んでいた。このまま小さく畳めば、やがてなかったことになるように。
数多に輝く星々はジャックの瞳をとらえて離さず、手慰みに折り畳まれる失恋通知は、ぱたぱた小さくなる。
やがて夜が明けるころ、気が付くと失恋通知は跡形もなくなり、代わりに途方もなく長い、一本の白線が聳えていた。
月まで。あるいは宇宙の果てまで続く、かつて失恋通知だったものが幾重にも折りたたまれた、白くて黒い、悲恋の塔。
「柄にもないことをしたなと思ったけど」
話を聞き終わるやいなや、真っ先にモチが言った。
「自分を振った男の趣味に影響されて、おセンチな真似事をすな」
その感想はもっともなのだが、あまりにも辛辣だ。
「ねえ、私って傷心なのよ。失恋した親友にかける言葉って他にあるでしょう」
「ご愁傷様」
モチは手を合わせた。私もKもそれに倣う。間もなく時刻は七時を回ろうとしていた。
「たしか聞いたことある」
と私は言った。