小説

『青い女たち』紗々井十代(『ジャックと豆の木』)

 この謎に満ちた屋上へもう二つ足音が近づいてきて、ジャックが呼びつけたのが私だけでないことに気が付いた。
 「朝から痴情で人を呼びつけるの、止めてくれないか」
 「こんな早く学校に来たの初めてだよ」
 やっぱりKとモチだった。私たち四人は大概一緒にいる。
 二人は異変にすぐ気が付いた。
 「何だこれ」
 Kこと景ちゃんは、本人が如何にもアルファベットのケーという発音で名乗るから、私達も真似してケーという発音で呼ぶ。
 「なんだか意味不明なことになってるね」
 モチこと百恵は、モモチというあだ名が省略の末にモチになってしまった。本人もモチが好きだから、モチと呼ばれるのもやぶさかではないようだ。
 私達四人は、改めて屋上で途方に暮れてしまった。だって、見たことないのだ。
 「なんで学校の屋上にタワーがあるのか。ジャック説明してくれる?」
 それはタワーのように見えた。細く長く、白い塔。空を突き抜けてどこまでも高い。あるいは、ロープと言った方が正確かもしれない。宇宙から垂れ下がった、どこまでも続く紐。
 昨日まではたしかに、こんなものなかった。
 「今まで気付かなかったよ。よく見つけたね」
 モチは呑気に感嘆しているけど、そんなはずはない。前からあるならとっくに気付いている。私たちは四人そろって、毎日お昼ご飯を屋上で食べているのだから。
 「そもそもこれはタワーなのか?」
 言いながらKは、タワー(あるいはロープ)を押したり引いたり揺らしてみる。しかしまるで正体が掴めない。
 「これは手紙のはずよ。私の失恋通知」
 失恋と聞いて二人の間にも、ああやっぱり、という呆れた空気が流れる。それを敏感に察知したジャックは騒いだ。
 「男のくせに。告白の返事を手紙でよこすなんて女々しいと思わない?」
 「ご愁傷様」
 「二度と顔を合わせたくなかったんだろ」
 Kとモチは口々に囃し立てる。
 「直接よ。直接これを渡しに来たの」
 ぷらん。と紐を揺らしながらジャックは言った。
 「どうやってそんな訳の分からないもの運んできたんだよ」
 Kの問いはもっともで、到底持ち運びできるものには見えない。だって空より高いのだ。
 「昨日の晩まで、たしかにフツーの手紙だったのよ。内容は最悪だったけど」
 忌々しげにジャックはタワーを見つめる。まるで一字一句、別れ文句がそこに書いてあるかのように。
 「誰に振られたの」

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