えたいの知れない不吉な塊が僕の心を始終おさえつけていた。焦燥といおうか、嫌悪といおうか――否、これは嫌悪などでは決してなく、むしろその逆なのだろうと、僕は知っている。理解している。それでも尚、まるで崖の上、今にも足を踏み外してしまいそうな、そんな感覚に陥っている。つばを飲み込む。
異質。
目の前の彼女に感じたのは、その二文字だった。あるいは、違和感。
けれども何故か、似合わないとは思わなかった。
僕の通い詰めている図書館に突如現れた女性。それなりに利用者の多いあの場所で、訪れる人の顔なんていちいち覚えやしないけど、ただ彼女のような――金髪の女性なんてのは、見かけた事がなかった。その顔からして、外国人という訳でなく染めているんだろうと思う、明るい金の髪の毛。いつも黄色のカーディガンを羽織り、画集を捲るその姿。その髪の色からイメージされるような姿でない、落ち着いた、物静かな――。
けれど、それを見ているこちらの胸を、ぎゅうと鷲掴みにされ、圧迫されるような――どこか恐ろしく、……どこか惹かれる、そういう女性と僕は今喫茶店にいる。
手元のアイスティーが全然減らない。氷だけがゆっくり溶けていく。
喫茶店に誘ったのは、僕からだ。クラスの女子とだってろくに話せないくせに、どこからあんな言葉が出たのか。お茶でもどうですか。小説の台詞のようだと思い、フィクションの登場人物達はもっと洒落た言葉を発するだろうと考える。現実よりもずっと綺麗に、自然に。
僕は彼女の名すら聞き出せない。
自分でこんな、ナンパみたいな事をしでかしておきながら、名を聞くことも、自己紹介すらできぬまま、椅子の上で動けないでいる。誘っておきながら失礼な話だ。それでも彼女は怒る様子もなく、ただ微笑んでいる。
ああ、何か。
何か話さなければ。
「これ」
口を開いたのは、彼女だった。
「この髪の毛、何色かわかる?」
目を細め、そう、訊ねる。
「金……。金髪、ですよね」
彼女が首を振る。髪が揺れる。
「レモン。レモン色よ。――読んだ事は?」
よんだことは? 問われた意味が一瞬理解できず、でもすぐに気付いた。
檸檬。梶井基次郎。
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