「本当だって!」
「わかったわかった。…じゃあ、お前は赤い傘を地蔵にさしたらここにいたのか?」
僕は黙って頷く。
頭の中はどうやって姉に言い訳しようかフル回転していた。
「…じゃあ、お前帰れなくなっちゃったな」
「…えっ」
あまりにさらっと言うから聞き流しそうになった。
「僕、帰れないんですか!!!?」
こんなことになるなんて聞いていない。
焦り出した僕とは対照的に少年は平然と地蔵の周りを見ていた。
「…傘をこちらの世界の扉を開ける鍵として使って来たなら、傘がないと自力では帰れそうにないな。傘がどこかに飛ばされたってわけでもなさそうだし…」
少年は地蔵の周りを一周して考え込む。
「向こうで誰かが持って行っちまったのかもな」
「…えぇぇ」
情けない声しか出ない。
狼狽える僕に少年は笑う。視線は僕の方ではなく、地蔵の後ろを見ていた。
その時は不審に思ったが、今なら理由がわかる。
「そんなに戻りたいのか?」
「当たり前じゃないですか」
誰だって平穏と安定を求めるのは当然だろう。刺激なんて夢見ているだけでいいんだ。
「人間の世界は生きづらいのにか」
「…え?」
真剣な顔になった少年に怯えてしまう。
「人間というのは愚かだよな。自分たちが正しいと、一番優れていると思っている。人間が等に及ばないほどの圧倒的な力を知らないんだ」
少年は道端の花を摘みだす。