小説

『置き傘』島田亜実(『笠地蔵』)

「世界は複雑なのに僕はそれを教えられずに生きてる。教えてくれないのに分かれだなんて理不尽だよ!…自分が正しいのかもわかんなくなっちゃった」
山を下りきった。
山の中から唸り声のようなものが聴こえてくる。
思わず立ち止まって振り返ってしまった僕を姉が引っ張り、また走り出す。
「本当の姿に戻ったんだわ。もう何を言っても聞いてくれないわ。急いで!」
ほとんど毎日通っている道をこんなに全速力で走ったことがあっただろうか。
地蔵の姿が見えてきた。
姉が息を切らしながら叫ぶ。
「人間の世界に戻れれば、あいつは追ってこれない。人間はこちらに来れるけど、こっちの生き物は神様以外人間の世界にいけないの」
「あいつ神様じゃなかったの」
「神様になりたがっていた人間ね。あいつにとって神の存在は絶対なの。なのにあんたがあんな事いうから!」
「だって…」
姉を救うためになりふり構っていられなかったなんて絶対言わない。
地蔵のもとに着いた。
持っていた傘を彼にさす。
雨の世界になる。
が、姉がいないことに気づき、息が止まる。
もう一度彼に傘をさす。
戻った。姉が驚いた顔をしていた。
「どうして戻ってきたの」
「当たり前じゃん!なんでこないの!」
慌てる僕に姉は笑って言った。
「傘を使って帰れるのは一人だけよ。もうあいつが来るわ。帰りなさい」
そうだ、来るときに
「お姉ちゃんは」

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