小説

『置き傘』島田亜実(『笠地蔵』)

「それは物理的証拠ではないです。僕たちは、あの猫の力を見たことはないです。確かに引いてしまったことは申し訳ないと思っている。それでも僕にとってあの猫は飛び出してきた、ただの野良猫です」
何をされるかわからない恐怖に声が震える。
ここで反抗しなければ。僕はきっと一生後悔するだろう。
どうせ死ぬなら、後悔残さずに死にたい。
「この世の中がどういう摂理で動いているかも知らないくせに。あなたが思っているよりも神殺しは重罪よ」
「でも、この世界に僕はいない。この世界の摂理なんて僕は知らない。神なんていなくても僕は生きていける。自分に自信はないけど、誰かに導いて貰おうなんて思わない。僕に殺されるぐらいの神様に世界なんて救えない!」
僕はこんなことを言って大丈夫なのだろうか。
奥から風が吹いてくる。
あまりの強さに目をつぶっていたら誰かに手を掴まれた。
ぞっとした。
その手に導かれるままに立って走り出した。
目を開けると、僕を掴んでいたのは姉だった。
すごい勢いで洞窟を抜けて、山を駆け下りていく。
「今からあいつは本当の姿になるわ。私たちになんてすぐ追いつくと思っている。その前にお地蔵さんのところに行って帰る」
姉は走りながら僕をみて、ふっと笑った。
「あんた凄いね」
絶対怒られると思っていた。
「でも、もう二度とあんなことしないことね。いつ死ぬかわかんないわ。真吾が思っているより世の中は複雑なのよ」
掴まれている腕を振り払う。
姉の腕を掴み返し、スピードを上げて引っ張っていく。

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