『人形の夢』
あおきゆか
(『たれぞ知る』ギ・ド・モーパッサン)
Sは人と交わらず、家に閉じこもって人形の絵を描くことだけを生きがいにしていた。夢の中で、お気に入りの人形がほんものの少女になって現れるのを見たSは、その少女をモデルに絵を描いた。その絵ははじめて注目され、賞をとる。だが、ある夜人形が玄関から抜け出していくのを目にしてしまい……。
『ドアの声』
あおきゆか
(『塀についたドア』H・G・ウエルズ)
ある日、仕事を早退した主人公は間違って反対方向の電車に乗り、奇妙なビルにたどり着く。緑色のドアの向こうから聞こえた声に促されて入った部屋は、作家になるのが夢だった男の願望を具現化したような場所だった。しかし、湧きあがるアイデアを書きとめようと開いたノートは一文字の余白もなく……。
『鼻の居所』
あおきゆか
(『鼻』ニコライ・ゴーゴリ)
今から数か月前、私はコワリョーフという名の役人から肖像画を描くように依頼された。肖像画は顔の真ん中だけ、いまだできあがっていない。なぜというに、私にはどうしても彼の鷲鼻を描くことができないのである。
『白い手袋の男』
あおきゆか
(『妙な話』芥川龍之介)
大学一年生の夏休みから“僕”の周りに現れるようになった白い手袋の男。「あと半年」、「あと五ヶ月」。神出鬼没のその男は、意味のわからない不気味な言葉を僕に投げかける。そして、間も無くその当日…
『たぬきと小判』
山波崇
(『ぶんぶく茶釜』)
日が昇ると、山の中を行ったり来たりするすこし黒ずんだ毛艶の老たぬき。鼻先を落ち葉のなかへ突っ込んだり、宙返りをしたり、熊笹の小枝で自分の姿を隠すようなしぐさを続ける。五郎じいさんは首をひねった。
『耐えろサトル』
小野塚一成
(『走れメロス』)
彼は突如襲ってきた強烈な便意と戦っていた。頭の中では一人二役。「目的に向かって走っている俺はまさしくメロスであり、さらにその走る俺をひたすらに信じる俺は、メロスであると同時に彼の友人、セリヌンティウスだな。」
『特異体質』
小野塚一成
(『ピノキオ』)
ある特異体質を持ちながらも、セレクトショップの店員として仕事をこなす涼子。プライベートでは、本音を伝えることができずいつも本命の男を逃してしいる。このままでは生涯独り身かもしれないと危機を感じた頃、合コンで良い感じの男性を見つけた。早速、彼女が彼にメールを送ってみると……
『人魚に恋した少年』
小山遥
(『人魚姫』)
王子を乗せた船が難破した。使用人の“俺”も波に飲まれてしまう。ところが、一人の犠牲者も出ず全員助かった。濡れた“俺”のシャツに付いた、虹色に光る魚の鱗のようなもの。その後、“俺”は海岸である少女に出会う。
『ものがたりの続き』
原口りさ子
(『人魚のひいさま』)
お姫様を失い、悲しみにくれた人魚の民は、その悲しみと怒りの矛先を、人間と、海の魔女へと向けた。そして、人魚の王様は、海の魔女との戦いを兵に命じた。魔女は去り、平穏は訪れる。しかし、魔女は本当に「悪役」だったのだろうか。
『よひらの夢』
葉野亜依
(『紫陽花に纏わる言い伝え』)
風変わりな夢を見ることができる少年・草太は、夏休みに祖母の家にやって来た。彼がそこで撮ったモノは、青紫に色付いた紫陽花と『どうぞご自由に盗っていってください』と書かれた奇妙な立て札。不思議に思いながら眠りについたその夜、草太は紫陽花を盗む少女の夢を見て……。
『ウェンディとネバーランド』
あやもとなつか
(『ハメルーンの笛吹き』『ピーターパン』)
私には両親がいない。私はおじさんとおばさん、従姉妹と弟と一緒に幸せに暮らしていた。しかし、私達の住む街にネズミが大量発生して、私はネバーランドに辿りつく。子どもの為の国、ネバーランドで出会った少年ピーター。そして、私は本当の気持ちに気づく。
『金の斧、銀の斧』
壬蒼茫
(『金の斧、銀の斧』)
友人が手に入れた金の斧と銀の斧を見せてもらい、どうしてもそれが欲しくなった男。その夜、同じ川に向かった彼の手には、鉄の斧が。川に投げ入れると、話に聞いた通り神さまが現れ、男に同様の質問をするのだが・・・
『桜花舞い踊る卯月、僕ラハ涅槃ニテ酩酊ス』
灰色さん
(『桜の樹の下には』梶井基次郎)
月曜日、こわれた「君」と全てを失った僕とで久々に行く花見。電車内や道先で遭遇する、奇妙な人々や光景、そして渦巻く記憶。宴の中、やがてアルコールと桜が見せる幻惑と狂気に僕はまどろんでゆく……。
『寝太郎、その後』
伊藤円
(『三年寝太郎』)
旱魃から村を救った三年寝太郎の偉業は瞬く間に広がり、村に婚姻希望者が殺到した。選ばれたのは婚期の遅れを理由に強引に送り出されたユメだった。とはいえ英雄との生活、ユメも幾分期待したが、寝太郎は偉業など嘘みたいに寝ていた。どころか夏、村に再び危機が訪れても、起きようとしないのだった。
『夢泥棒』
伊藤円
(『夢占』『舌切り雀』『浦島太郎』『かちかち山』『雷のさずけもの』『はなさかじいさん』等)
巷では『ドリドリ』が流行していた。飲用し眠れば好きな夢が見られるという代物で、橋爪も愛飲者の一人だった。ある日の夢の中、橋爪はドリドリの副作用と言われる『夢泥棒』に遭遇した。会社の同僚に相談して『アンチドリームシーカー』という海外製の夢泥棒予防薬を貰い、早速試してみたが……。
『シャボン玉』
伊藤円
(童謡『シャボン玉』)
僕にとって、祖母と過ごした幼少期は、忘れられない幸福な時間だった。よく晴れた日、僕たちは公園に向かった。僕は駆けて、祖母は歩いた。誰もいないベンチを陣取ると祖母を案内し、僕は決まってシャボン玉の準備をした。
『子供心』
伊藤円
(『浦島太郎』)
砂場でいじめられっ子の亀田を助けた太郎。お礼に家に招待されるが、そこは漬物のような匂いが漂う薄暗い町の小さな建物だった。騒がしい弟たち、時代遅れのゲーム機、異様に薄い麦茶。中流家庭の子 太郎の“異世界”体験記。
『欲しいの因果』
相原ふじ
(『星の銀貨』)
「欲しい」が言えない女子大生がちょっと高めなウインナーを茹でてほおばる。流れるニュースとウインナーおばちゃんに思いを巡らしながら。「欲しいなら欲しいって言わないとあげないよ」欲しいって言ったらもらえるのでしょうか。
『三人の鶴』
片瀬智子
(『鶴の恩返し』)
ある雪の夜、喫茶店で待ち合わせをしていたのは高校時代の同級生で三十代半ばの女たち。一人目は秘書、二人目はバリスタ、そして四人の子持ちである三人目。先に到着した秘書とバリスタは『鶴の恩返し』の謎かけを始める。
『マヨイガ』
土橋義史
(『遠野物語-マヨヒガ』)
山の中にある不思議な豪邸マヨイガ。マヨイガを見つけたら、その家の物を何でも一つ持ち帰っていい。それは、持ち主に幸運をもたらすという。一緒に釣りに行った会社の後輩が見つけたマヨイガに欲望を支配された遠山は…
『三年目の彼女』
近藤いつか
(落語『三年目』)
人は亜子さんのことを美人だという。だが、出逢った翌日には残念だ、と嘆く。美人ゆえ僕の想像できないような人生経験を積んで、彼氏の前で鼻をほじれるような性格になったのか、もともとそうだったのか、僕は未だに判別できない。
『ランプ屋』
林ミモザ
(『こぶとりじいさん』)
大手文房具メーカーの営業として忙しい毎日を送っている美咲。彼女には悩みがある。片頬に生まれつきある小さなこぶだ。ある日、たまたま雨宿りに入った『ランプ屋』でマスターにその悩みを打ち明けると、その翌日…
『Rapunzel』
友松哲也
(『ラプンツェル』)
不妊治療を始めた香苗は、ある日隣家の野菜を盗んでしまう。そして、その日から不思議な夢を見るようになる。
『晦日恋草』
霜月透子
(『好色五人女』巻四 恋草からげし八百屋物語)
年末押し迫った二十八日、専業主婦の「私」八尾七(やおなな)は電話で呼び出される。息子がコンビニで万引きをしたのだった。対応したのは三十歳の若い店長小野朗(おのあきら)。どこか思わせぶりな言動。四十六歳の七は忘れていたときめきを思い出す。再び会うために七はわざと腕時計を「落として」いく。
『都会の街の喧騒の下』
阿賀山なつ子
(『桜の森の満開の下』)
街は灰色 部屋は虚無 そこに吹くのは都会の風か?いや田舎の風。ノスタルジックな夢の中 桜の花びらひらり舞う 無限の明暗止めた先 やっとようやく目が開ける 男は東京で立派な仕事をしている。しかしある時倒れてしまう。高熱にうなされる夢の中、男は少女に出会い、自分のものにしようと手を尽くすが…
『心のこもった余興ムービー』
村崎涼介
(『桃太郎』)
ミツキは、大学時代の元カレ・キヨトから、結婚式の2次会での余興を依頼される。キヨトの浮気が原因での別れだったミツキは、当時の遊び仲間・アンズ、ツバサと一緒に、余興ムービーを作ることにした。その内容は、元カノ達からのコメント集。2次会当日、ミツキの予想しなかったトラブルが発生する。
『vanishing twin』
朝蔭あゆ
(夏目漱石『変な音』)
ぼくの傍らには、絶えず聞こえる小さな音があった。しかしぼくと全てを共有していたその音は、ある日ふつりと消えてしまう。ぼくはその正体も知らないままにそれを失い、たったひとりで世界に一歩を踏み出した。その時ぼくははじめて、失ったものの運命に気付いたのだ。
『シャーロットの日記』
朝蔭あゆ
(『浦島太郎』)
おばあさまの訃報を受けて、私はママと田舎の家に行く。そして、“シャーロット”という文字の入った黒い日記帳を見つけた。ついに一度も会うことのなかったおばあさまと私は、同じ名前だったのだ。ページをめくると、小さな少女が私の前に現れる。時を越えた友情は、夢から覚めても永遠だった。
『青乃先生』
朝蔭あゆ
(『土神と狐』)
時子は、美しい女医である青乃先生に憧れている。しかし女学校の同級生である春子は体が弱く、いつも青乃先生に診て頂いていた。それを知った時子は穏やかならざる気持ちに苛まれ、心の奥で春子を呪うようになる。そしてある夏の日、春子が不帰の人となり、時子は己が罪を負ったことを悟ったのだった。
『双子倚子』
ナマケモノ
(江戸川乱歩『人間椅子』)
亡き皇后 定子の忘れ形見である媄子内親王がこの世を去った。悲嘆にくれる一条天皇のもとに、関白道長から不思議な倚子が届けられる。道長から送られた倚子は、陶器で作られ二人の女性が向かい合って形を作り出しているその奇妙な形をしていた。道長の文は、その奇妙な倚子の恐るべき由来を語りだす。