小説

『晦日恋草』霜月透子(『好色五人女』巻四 恋草からげし八百屋物語)

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【12月28日】

 その電話がかかってきたのは、年末も押し迫った二十八日のことだった。
 毎年年越しから三が日はごく近い親戚一同で温泉旅館に泊まり込む。贅沢ではあるが、それほどまでにして正月の支度を厭う女性陣の希望によるものだ。
 どういうわけか、この一族は揃いも揃って男が頼りない。普段はなにかと苛立ちの原因となる彼らだが、年越し旅行に限っては、男性陣の発言力の弱さに感謝する。
 そんなわけで、大晦日にはまだ間があるというのに、私は大掃除そっちのけでせっせと旅行の準備などを進めていた。そこへの電話である。
 はい、と余所行きの声で受話器に向かうと、先方はかけてきたくせに躊躇いがちな息遣いを送ってきた。
「あの……?」
 いたずら電話の類かと思い、自然と苛立った声になる。
「あ、はい、すみません」
 なぜいきなり謝るのだろう。それにしても随分と若そうな声だ。やはりいたずら電話だろうか。
「三丁目のコンビニの者なのですが……」
 妙に申し訳なさそうに男は話し始めた。

 電話を切ると、私はそのコンビニへと早足で向かった。
「あのバカっ……!」
 電話はコンビニの店長を名乗る男性からだった。
「八尾(やお)一(はじめ)さんのお宅でしょうか?」
 尋ねられた瞬間に冷たい汗が流れた。――万引きだった。
「息子さんがお会計の済んでいないお品物を――」
 先方が言い掛けたのを遮って、「今行きます!」と電話を切った。

 一は高校一年の十六歳。中学の時は特に真面目でもなく悪さをするでもない、つまらない……いや、ごく普通の男の子だった。

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