小説

『晦日恋草』霜月透子(『好色五人女』巻四 恋草からげし八百屋物語)

 帰ったら旅行の準備をしなければ。明日から夫や息子や親戚たちと過ごすのだから。
 意識を引きずるようにして家族のことへと持っていく。何度も何度もコンビニを振り返りながら。
 このまま家になどつかなければいいのに。
 うんざりするほどよく晴れた空を見上げた。

 
【12月31日】

 大晦日。三人分のバッグが玄関に置いてある。昨夜のうちに私が用意したものだ。
「あと持っていくものは使ったら入れちゃいなさいよ~」
 男二人に声をかけるが返事はない。いつものことだ。たぶん聞こえてはいるのだろう。
 当日朝にまだ使うもの――シェービングジェルとかヘアケア用品など――は自分で入れてもらう。それ以外のものは全部私が代行して用意した。毎年そうだ。二人はきっと当たり前のことだと思っているのだろう、ありがとうの一言ももらったことはない。でも構わない。いつものことだ。
 三泊四日の間留守にするから、念入りに戸締りを確認する。その間も息子はスマホを触りっぱなし、夫は新聞を読んでいる。
「特急電車の時間があるから、もう出るわよ」
 私が声をかけても生返事。
「ねえ、本当に時間だから」
 やることがないなら戸締りの確認をしてくれればいいのに。ううん。構わない。いつものことだ。

 三人で無言のまま駅へと向かう。
 最寄駅までは徒歩五分ほどだから、荷物を持っていても苦にならない。
 コンビニの前を通る。
 息子はたった三日前の出来事を覚えていないのか、歩きスマホをしながら躊躇いなく通り過ぎていく。夫も黙々と歩く。
 まあ、楽しくはないだろう。義務か仕事のような気分に違いない。いやならいやと言えばいいのに。穏やかと言えば聞こえはいいが、覇気がなさすぎる。ううん。構わない。ちっとも構わない……。

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