小説

『特異体質』小野塚一成(『ピノキオ』)

 出社してまずはスタッフ全員揃っての朝礼。最初から最後まで、お客様のことを第一に考えた、ハートウォーミングな言葉達が、若干の虚ろげな朝の呼気と共に吐き出される。
 続けざまに本日の売り上げ目標。先ほどのお客様至上主義的な雰囲気からは一転して、資本主義丸出しの現実的な数値が掲げられる。
 「なんだかなあ」と思いながらも、私は今の仕事がまあまあ気に入っている。なぜならこのファッションモールに入っているセレクトショップ店員という職業は、私の特異体質ととても相性が良いからだ。シフォンケーキとコーヒーの、あるいは柿ピーとビールのマリアージュと同じくらい相性が良いからだ。
 ではその特異体質とはなんなのか?
 お答えしましょう。伸びるのです。鼻が。心からの本音を言うと。本当の気持ちを口にすると。伸びてしまうのです。鼻が。ああ、なんだか馬鹿みたい。
 そんな体質で不便じゃないのかって?今まで普通の生活をしてこられたのかって?いやいや、よく考えてみて欲しい。人間は心からの本音を一日何回口に出すだろうか?嘘偽りが全くないピュアな気持ちを、常日頃からどれくらいの頻度で言葉にして表すだろうか?ランチの時に先輩や同僚の子に合わせて、背伸びした価格設定のお洒落なお店に入ることを若干気後れしつつも同意したり 、友達が話す、こちらからすればどうでもいい恋愛絡みの無駄話に適当に相槌を打ったりした時点で、程度の差こそあれ、それは本心からずれた発言になるのだ。だから意外と苦労はしない。きっと誰でももそうなるのではないだろうか。
 あと、鼻が伸びるといっても童話に出てくる例の人形みたいに一度で一気に伸びるわけではないし、ありがたいことに本音を言わなければ勝手に鼻は縮み、しばらくすれば元の高さまで戻るのだ。どういう仕組みかは分からないが、なんとかこの2つの特性のおかげで問題なく日常生活は送れている。
 さて、この困った体質は一体何が原因なのか?先天的なものなのか後天的なものなのか?実はそこらへんは全くわからない。悲しいかな、物心ついた時には既にこんなことになっていたのだ。

1 2 3 4 5 6