小説

『人魚に恋した少年』小山遥(『人魚姫』)

 体が重い。手足が動かない。波が俺の頭の上を荒々しく通っていく。さっきまで王子の体を抱えていたはずなのに、いつの間にか引き離されてしまった。まずい。探さないと……。
 ああ、でも……もう泳げない……。まぶたを下ろす瞬間、ちらりと虹色の光がかすめた気がした。

 その後、海岸で気を失っていた俺たちを見つけたのは、隣国の姫ご一行だったらしい。
 王子の誕生日パーティーを船上で行っていたが、嵐に巻き込まれ船が難破した、という事情を知った姫様は、俺たちを自分の城に連れ帰って保護してくれた。
 王子はおそらく来賓室に通され、一方俺たち使用人は、別の部屋で濡れた服を着替えた。
「……なあ」
 重くなった服を脱ぎながら俺は、気になっていたことを口に出してみる。
「俺たち、よく助かったよな」
 俺も途中までは王子を支えて泳いでいたが、波にのまれて王子を見失い、俺自身も力尽きた……はずだったのだが。
 どうやら俺の疑問は感嘆として受け取られたらしく、返ってきたのは使用人仲間の笑顔だった。
「ああ、本当、運が良かったよな。きっとうまいこと岸に向かう波に乗ったんだろ」
「…………」
 そうなのだろうか?しかしそれにしても、一人も犠牲者が出ないとは……。いや、もちろん喜ぶべきことなのだが。
 腑に落ちない気持ちのままシャツを脱いだとき、その裾に光るものが見えた。
「ん……?」
 俺はその光るものをつまむ。それは、小さくて円い、魚のうろこのようなものだった。ただし、その色は、今までに見たどんな魚のうろことも違っていた。窓から差し込む光にかざすと、虹色にひかる。角度を変えると、色の出方が変わる。
 俺は、昔母親から聞いた話を思い出した。
『海にはね、人魚がいるっていう伝説があるんだよ』
『にんぎょ?』
『そう、人魚。上半身が人間で、下半身が魚。それでね、その魚の部分のうろこは、きらきら虹色に光って、とっても綺麗なんだって』
 どんな生き物なのか、想像しきれなかった。ただ、虹色に光る、という話は深く印象に残っていた。あの空に出るきれいなものが、海にもあるのか、となんとなく嬉しいような気分だった気がする。
「おーい、どうした?早く服着ないと風邪ひくぞ」
「あ、うん……」
 これが人魚のうろこなんじゃないか、と言ったらきっとみんな笑うだろう。けど……。
 俺はそれを新しい服のポケットにそっとしまった。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12