小説

『人魚に恋した少年』小山遥(『人魚姫』)

 そして、俺は今船の上にいる。
 海に釣り糸を垂らしている俺に、通りかかった使用人仲間は「ちゃんと釣れよ」とかいちいち茶々を入れていく。肩を叩かれるのもいい加減うんざりしてきた。
「ん!」
 釣り糸が動いている。かかったか!
 引き上げようとしたところで、唐突に後ろから肩を叩かれた。手もとが狂って、竿が大きく揺れる。
「……今度は誰だよ今魚かかってんだから邪魔すんな!」
 驚かされたのが腹立たしくもあったので、振り向くなり一喝してやったのだが、
「!」
 そこにいたのは彼女だった。明らかに怯えている。
「あ、えっと、すみません!違うんです、僕、あの、仕事仲間かと思って!」
「……」
 彼女は釣竿を指さして、俺の顔色をうかがうように首をかしげた。
「あー、大丈夫です、魚は逃げられてもまた釣ればいいんで!……あー、その、お久しぶりです」
 どんな顔をしていいか分からず、俺はつまらない挨拶をした。彼女はにっこりと笑ってうなずく。
「……」
 意外だった。もっと辛そうな顔をしているかと思った。
 彼女はすとんと俺の横に腰を下ろす。そしてそのまま、目を細めて海を眺めている。
「……海、綺麗ですよね」
 彼女はうなずく。海から目を離さない。
「あー、えっと……しばらく顔出さないで、すみませんでした」
 目を細めたままかぶりを振る。海から目を離さない。
「…………」
 慰めの言葉を口にした方が良いのか、それとも素知らぬ顔をしておく方が良いのか、分からない。彼女がなぜ今俺に近寄って来たのかも分からない。もっとも俺に近寄って来たのではなく、単にこの場所が海を見るのに一番良かったから隣に座っただけなのかもしれない。俺が今どうするのがいいのか正解が見えない。

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