小説

『人魚に恋した少年』小山遥(『人魚姫』)

 その日から変わったことが、俺の知る限り二つある。一つは、王子と隣国の姫が個人的に会うようになったこと。もう一つは、それに比べればささいなことだが、あのうろこを入れた小瓶が、いつも使用人部屋に置いてある俺の鞄に入るようになったこと。
 王子や使用人仲間とともに城に戻った俺は、顔見知りの厨房係から余った小瓶をもらってきて、そこにあのうろこと、海水を一緒に入れた。海水を入れたのは、なんとなく、あのうろこを乾燥させない方がいいかと思ったからだ。すると、不思議なことに、あのうろこは海水の中で浮かぶでも沈むでもなく、ちょうど水の真ん中あたりをたゆたっているのだった。瓶を逆さにしたり振ってみたりすると、うろこは虹色を散らつかせながら水の中でひらひらと動くが、最後にはやはり中央に落ち着くのだ。我ながら馬鹿らしいことだが、一日の仕事が終わって狭いベッドに入ってから、一人でこっそりと鞄から小瓶を出してうろこを眺めるのが俺の習慣になっていた。

 王子の誕生日から十日ほど経ったある日。俺は王子の指令を受けて、海で釣りをしていた。海の近くにある城で育った王子は、自然と海が好きになり、自然と魚好きになったようだ。
 俺も、昔から海が好きだった。とは言っても実家は海の近くというわけではなかったし、海が「好き」というより「憧れ」と言った方が近いのかもしれない。十歳のとき、城で住み込みの雑用係として働くことが決まった時は、家を離れる寂しさもあったが、それでも海に近付けることは嬉しかった。
 あれから六年。王子は同い年の俺にただの使用人以上の接し方をしてくれて、釣りも教えてくれた。今では俺が王子の食べたい魚を釣ってくる係になっている。
「……よし」
 俺は釣り上げた魚を籠に入れ、また釣り糸を海に垂らした。こうして一人で海を見ながら釣りをしていると心が落ち着く。あの嵐で船が難破した後は、海など見たくなくなるかと思ったが、実際にはまったくそんなことはなかった。自分でも不思議なことだが。
 そしてそれは王子も同じらしかった。王子に至っては、あの命の恩人である隣国の姫と出会うきっかけになったあの事故に感謝さえしているようだった。本当に素敵な方なんだ、などと珍しく浮かれたことを言う王子の姿を思い出すと、なんとなく楽しい。
 ずっと座っているのも疲れるので、俺は一旦腰を浮かせた。軽く体を動かす。すると、体を横にそらした拍子に、浜にある岩の陰から、白く細い人の手のようなものが見えた。

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