小説

『人魚に恋した少年』小山遥(『人魚姫』)

「あ……」
 人影が見えた。彼女が一人で海を見下ろしている。俺はなんとなく隠れてしまった。
 けど、聞こえた声は何だ?彼女ではないはずなのに。
「ねえ、分かってるの!?」
 聞きなれない声。俺は隠れたまま声の主を探し……そして発見した。海。暗い海面から、五人の女性の頭が出ている。
 思わず声を上げそうになり、俺は口を押さえた。どうやら、あの女性たちが彼女に話しかけているようだ。
「このままじゃあなた、夜明けとともに消えてしまうのよ!?」
 え?
「だって王子の結婚式は明日なんでしょう!」
「魔女から聞いたわよ!あなたがした契約の内容!」
「あなたが、自分の声と引き換えに、人魚をやめて、人間の体を手に入れる!だけど王子と結ばれなかったら、夜明けとともに泡となって消える!」
 どういう、ことだ。
「私たち、そんなの嫌よ!だから魔女に頼んで、これをもらってきたの!」
 女性の一人が彼女に向かって何かを投げる。彼女が受け取る。
 それは一振りのナイフだった。
「そのナイフで、夜が明ける前に王子を刺しなさい!あなたが、自分の手で!」
彼女の表情は暗くて分からない。女性たちは続ける。
「いい?そうすればあなたは助かるの!といっても、あなたが人魚に戻れることはないし、声も戻らないらしいけど……それでも、消えてしまうよりずっと良い!」
「分かったわね?そのナイフで王子を刺して殺すのよ!」
 そして女性たちは海に姿を消した。
 彼女はそのまま船べりに立っている。俺も隠れたまま動けないでいた。やがて彼女はそのナイフを携えて姿を消した。表情は、やはり見えなかった。
 あぁ、と俺は小さく息を吐いた。全身から力が抜けていく。
 どうしたらいいんだろう。いや、どうしようもない。
「まさか、そんな……そういうことだったのか……」
 彼女は元々人間ではなく、人魚だった。王子を想う気持ちから、魔女と契約して人間になった。自分の声を失ってまで。

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