『キオ』
大前粟生
(『ピノキオ』)
内気な男の子が公園の砂場で知らないおじいさんに出会う。元人形職人のおじいさんはひとりぼっちの男の子を励まそうとして接するが、母親がそれを拒む。別の日に、おじいさんは男の子に人形の作り方を教えようとするが、今度は父親にきつく断られ、おじいさんは公園を出ていく。ある日、男の子が死ぬ。
『川からの物体M』
大前粟生
(『桃太郎』)
おばあさんに拾われなかった桃はこんなはずじゃなかったと思って川を逆流して、また川を流れていくが拾われず、また川をさかのぼり、流れ、さかのぼり、流れることを繰り返して時間が経った。そんなある日、おじいさんが川へ洗濯をしにくるがやっぱり桃は拾われず、自力で岸に上がる。
『ジャックと〈ジャック〉と竹とタケコ』
大前粟生
(『ジャックと豆の木』『竹取物語』)
大きな月が出ていた夏のその日は、竹から産まれた女が月に帰る日だった。ジャックの父親が死んだ日だった。それから何年か経って、ジャックは父親の形見とタケノコを交換してしまう。母親が窓から捨てたタケノコは、次の朝起きると竹になっていた。竹を登ったところに、竹から産まれた女がいた。
『白雪くん』
大前粟生
(『白雪姫』)
工事現場で働く七人の女たちはある日、ひとりの男の子が家の前で体育座りしているのを見つける。男の子は「白雪くん」というあだ名で、新しいお父さんとの生活に嫌気がさして家出してきたのだった。彼があまりに美しくて弱弱しいものだから、七人の女たちは彼と共同生活をはじめた。
『桃産』
大前粟生
(『桃太郎』)
桃を妊娠したことを夫に告げると、他人事のように扱われている気がした。先生に障害を持つ桃のことを聞かされた私はやれることはなんでもしようと妊婦のためのエアロビクスに参加することにした。ジムの前で、5回目の桃を妊娠した浦島サキさんに声をかけられた。これは私が桃を産むまでの話。
『浦島先輩と太郎』
大前粟生
(『浦島太郎』)
俺たちが亀をいじめていると浦島先輩がやってきて、亀に殴る蹴るなどの暴行を加えた。そこに太郎がやってきて亀を助けようとした。浦島先輩は太郎に殴る蹴るなどの暴行を加えた。浦島先輩はちょっとやばい人だからだれも浦島先輩には逆らえない。俺たちは浦島先輩を排除したい。
『人殺し』
大前粟生
(イソップ寓話集『人殺し』)
新しくアパートに引っ越してきた男はひょんなことから隣の部屋に住むヒトシを殺してしまい、ヒトシの姉に追いかけられてクリスマスの夜に町を走り回っている。その様子をレストランの窓越しに中年の男女が見ている。中年の男女は追いかけっこするふたりが気になって、ふたりを追いかけていく。
『綱』
大前粟生
(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)
優秀な精子を選び出すために集められた男たち。選別の第一段階として筆記試験を終えた男たちは次のテストのためにだだっ広い会場に案内される。すると、果ての見えないほど高い天井からたくさんの綱が降りてきた。これを登れということだろうか。綱を登る男がいて、落ちる男がいる。登らない男がいる。
『約7000羽』
大前粟生
(『ヨリンデとヨリンゲル(グリム童話) 』)
空に浮かんでいる目から逃れるために、男は女を連れて魔女が住むと噂される森へいくことにした。森のなかにある大きな家まであと100歩のところで、女は魔女に連れ去られ、約7000羽の鳥がいる部屋に閉じ込められる。部屋に羽が満ちるとき、おばあさんが現れた。一方、男は森をさまよっている。
『桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と』
大前粟生
(『桃太郎』)
桃太郎が川で洗濯をしていると、桃太郎がどんぶらこ、どんぶらこ、と流れてくる。桃太郎が家に持ち帰って桃太郎といっしょに桃太郎を切って見ると、なかからはなんと大きな桃太郎が出てきた。やがて青年になった桃太郎は鬼退治のために鬼が島にいくことを桃太郎と桃太郎に告げる。
『パーティ』
大前粟生
(『灰かぶり姫』)
わたしたちはパーティにいって、義務としての社交を果たしたあと、生徒会長の寝室に続く長い列に並ぶ。一方、家で待つ埃とフケと灰と羽にまみれたあの子はパーティにこれない。パーティにいけますように、とあの子は木に向かってお願いをしていたけど、パーティにこれるわけがない、絶対に、絶対にだ!
『黒いパンプス』
大前粟生
(『シンデレラ』『ラプンツェル』『金太郎』)
シンデレラ科に所属するミカはシンデレラになりたいけれど、将来への保険のために就職活動をしている。ラプンツェル科の子はタクシー代わりに使われたり、彼氏は桃太郎科をやめて本気で金太郎を目指そうとしていたり、かぐや姫科の子は飛び降りたり、不安とともに生きる若者たちの一日。
『怪物さん』
大前粟生
(メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』)
土曜日の午後をいかがお過ごしでしょうか。北条院時子です。毎週ゲストの方に半生を語っていただく番組「人生は一期一会」。今週のゲストは怪物さんです。どんなお話が聞けるのでしょうか。とっても楽しみです。そして今日は、怪物さんに会いたいというあの方にも登場していただきます。
『夜と駆ける』
木江恭
(『スーホの白い馬』)
遊牧民の少年スーホは、騎馬の競技会で見事優勝した。しかし、少年王によって愛馬ツァスを取り上げられて絶望する。ある夜、スーホが草原に彷徨い出ると、ツァスが戻って来た。その背には何故か憎き少年王の姿があった。そしてスーホは、不思議な一夜を過ごす。
『ねむねむハクション』
みなみまこと
(『三枚のお札』)
妹には夢遊病の気があって、夜中にフラフラ外を徘徊することがある。今夜はパジャマのまま出て行ったのだろうか。風邪を引いたら大変だ。あいつのくしゃみといったら…それにここは東京。魑魅魍魎が闊歩する場所なのだ。
『ろうそく心中』
木江恭
(『赤い蝋燭と人魚』小川未明)
魚吉の葬式。長年の友 高五郎は遺言通り彼の手に赤いろうそくを握らせて海に沈め、故人が集めた無数のろうそくで送り火を焚いた。不意に高五郎が思い出したのは、魚吉が過去を語った夜のことだった。
『エレベーター』
木江恭
(『銀河鉄道の夜』)
配達員の音川は大きな荷物を携えて、高級マンションのエレベーターに乗り込む。途中で乗り合わせる奇妙な面々に戸惑いつつ上層階へ向かっていると、最後に乗ってきたのは高校時代の友人のテツだった。二人を乗せて、エレベーターはさらに上昇する。上へ上へ。
『逆流ヲ進メ』
木江恭
(『高瀬舟』)
僕と彼女は体だけの割り切った関係を一年ほど続けていた。彼女はベッドでいつも文庫本を読んでいた。しかし、ある日彼女から掛かってきた電話が僕らの均衡を崩す。「迎えに来て」――呼び出された田舎町に僕が向かうと、彼女は喪服を着て現れた。
『Obligat』
木江恭
(『安珍・清姫伝説』)
認知症の夫の介護を娘に任せ、清子はオルガンコンサートの行われる珍しい寺を訪れる。パイプオルガンの音色は、清子が心の底に閉じ込めていた淡い恋を蘇らせた。帰ってくるという約束を果たしてくれなかった、今はもう顔さえも思い出すことのできない彼の記憶を。
『ヘブン・ゲート』
木江恭
(『羅生門』『蜘蛛の糸』芥川龍之介)
高校一年生の千由紀は、幼馴染の菅田恵那がホテル街の入り口『ヘブン・ゲート』を潜るのを見た。男勝りだった恵那は高校入学を機に、外見も素行も別人のように派手になっていた。千由紀にはわからない。かんちゃん、どうして変わってしまうの?わたしたち、まだ大人になんてならなくていいのに。
『手長足長の子細を語りたること』
木江恭
(『妖怪・手長足長の伝承』『童謡かごめかごめ』『賢者の贈り物(O.ヘンリー)』)
「おれ」は、妖怪テナガアシナガについて語り始める。異様に脚の長い巨人アシナガは、望んだ分だけ伸びる手を持つテナガを背中に負っている。何故彼らの手脚は異様に長いのか。何故彼らは常に行動を共にするのか。その答えを示すのは、一組の男女が織り成す恋物語。
『舞姫は斯く踊りき』
木江恭
(『舞姫』森鴎外、『サロメ』オスカー・ワイルド)
繁華街の街角で待ち合わせる、出会い系サイトで知り合った男と少女。男は少女の完璧な美しさに狂喜し欲望を滾らせるが、少女も只者ではなかった。「運命のひと」を探しているという少女の正体と、本当の目的とは。
『笛吹き男のコーダ』
木江恭
(『ハーメルンの笛吹き男』)
碓氷(うすい)はある組織の依頼で、湯治場の葉芽留宿(はめるじゅく)に滞在している。飯屋で耳の聞こえない女児を助けた夜、ついに仕事の指令が下った。それは組織の裏切り者を消し、奪われた「商品」を取り戻すこと。碓氷は人を操る魔性の笛を携えて仕事に向かう。「商品」は、子どもたちだ。
『羽化の明日』
木江恭
(『幸福の王子』)
夏休み前日、私は桐子と一ヶ月限りの友達になった。美人で勤勉で、そして献血に不思議な熱意を抱く桐子。大好きな桐子と過ごせる日々は満ち足りていたのに、ある日私は桐子を傷つけてしまう。どうしても明かすことができない秘密のために。
『注射を打つなら恋のように』
入江巽
(『細雪』谷崎潤一郎)
「薬物はあなたの人生を確実に変えてしまいます」、横目で見た、大学の保健室のようなところに貼ってあるポスターにはそう書いてあった。好きになった人は大学の掃除のおにいさん。シャブ中。あたし、どうしたらいいんかナ。どんな風に変わるのかナ。
『観音になったチューすけの話』
入江巽
(狂言『仏師』)
俺たちは半年間、「仏師作戦」と名付けた計画のため、ひたすらに準備のし続けやった。三十三間堂にも三十回以上は通い、忍び込むための予行練習も、何度も夜中行った。そして今日。時間が止まった世界、今度は動かしたんねん。
『タランテラ』
結城紫雄
(『蛛の糸』芥川龍之介)
ペットショップの昆虫コーナーに勤めるフリーター、カンナ。密かに小説を書き続ける彼女は、南米産の巨大蜘蛛と今日も働く。
『復讐』
笹本佳史
(『桃太郎』)
英雄となった桃太郎に、ある日一通の手紙が届く。差出人は、鬼が島で唯一生き残った女の鬼。そこには、決戦の記憶とその後の彼女の人生、さらに、桃太郎の”出生の秘密”ともいうべき内容が記されていたのだった。
『カウンツ』
こがめみく
(『番町皿屋敷』)
レコード店に夜な夜な響く喉をひねり潰したような叫び声。レコード番号を数える店長キクさんの慟哭らしい。彼に本当に足りないもの、欠けているものは何なのか。レコードから流れる音楽が空気を満たす。
『リコレクション・イン・ゴールデンアフタヌーン』
こがめみく
(『不思議の国のアリス』)
本当に不思議の国に行けたのは、アリスだけだった。テレビに映る遠い記憶の中の名前。一介のマイナーバンドから、時代を席捲する天才プロデューサーへとのし上がった男 日下直也。宇佐見はかつて彼と一緒にバンドを組んでいた。
『魔法は使えなくてよかった』
白土夏海
(『白雪姫』)
鏡はずっと罪悪感に苛まれていた。王妃に世界一美しい女性を問われ、白雪姫と答えてしまったことを。そのことで多くの人々が不幸になった。彼は今、ホストになり、全ての女性に答え続ける。「一番美しい人はあなたです。」