小説

『リコレクション・イン・ゴールデンアフタヌーン』こがめみく(『不思議の国のアリス』)

「『不思議の国のアリス』ってあるでしょ。あのアリスは3人姉妹なんだ」
 僕たちも3人組だからさ、 と言いながら、日下直也がさっき思いついたという俺たちの新しいバンド名を走り書きする。
「アリスが谷本くんだね。で、僕が姉のロリーナあたり」
 日下の言う“アリス”は、小一時間前にこの部屋を飛びたしたきり帰ってこない。
 一番のファンだと言って何かにつけ顔を出していた女が、バンド内の半数と関係を持っていたらしい。それが明るみに出、瞬く間にバンドが崩壊したところへ、騒ぎと関係のない俺たち3人でバンドを組み直そうと日下が持ちかけてきたのだ。元のバンドを失くすまいと当事者たちの説得に奔走していた谷本涼介は、冷静な顔をした日下の提案を聞くと、まず目を大きく見開き、口をぱくぱくさせて、怒りとも悲しみともとれる表情になったあと、ドアを蹴破っていった。
「でね、末っ子のイーディスが君のポジションかなぁと思ってたんだけど、ちょっと思い直したんだ。君はウサギだね、アリスを不思議の国に連れてくウサギ」
「……へぇ。なんで」
 10分程前から続く会話で、俺は初めてまともな口をきいた。そのことを気にする様子もなく日下が答える。
「名前が似てるじゃない。ウサギ、じゃない、宇佐見恵一くん、でしょ」
 日下が微笑む。名前を覚えられていたことに驚いた。別に、日下のことを人の名前も覚えないような男だと認識していたわけではない。ただ、日下は涼介の名前は覚えていても俺の名前は覚えていないかもしれないと、なんとなくそう思っていただけだ。
「そうか」
 返事と言えるか言えないかくらいの俺の呟きと、一時間ぶりに開かれたドアの音が、ほぼ同時に響いた。
「谷本くん」
押し黙ったままの涼介に、日下が平然と声をかける。
「いま、僕たちのバンド名を考えてたんだ」
日下が、手元の紙を涼介に手渡した。涼介の視線が紙の上をゆっくりとすべり、肯定するでも否定するでもない、しかしそれをしっかりと受容する声色で、その文字を読み上げる。
「……ゴールデンアフタヌーン」
 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10