小説

『アーサー王と抜けない聖剣』田口浩一郎(『アーサー王伝説』)

 だが、残念なことに剣を引き抜けた者は一人もいなかった。
 そして、余の番が来た。

 試しにちょっと剣の柄に触ってみる。
 石に食い込んだ切っ先が、微妙にグラグラするのがわかった。
 アカン、こりゃ抜ける。
 背後でどよめきが起こった。
 やっぱ、あの時に抜けたのは偶然じゃなかったのか。
 柄から手を離す。
 背後で父上と兄上がヤキモキしているのがわかった。
 父上、兄上……。
 余はあなた方の肉親ではない。なのに、本当の家族のように接してくれる。
 だから、がっかりさせるのは本意ではない。
 でも、分かってくれ。
 余は王様になんてなりたくないんだ。
 よし、ここは演技で誤魔化そう。
 柄を握り、苦悶の表情を浮かべて「う~ん」とうなる。
 周囲から失笑が巻き起こる。
 ふふん、誰もが、余が剣を抜けずに苦悶していると信じきっておる。
 名君の素養のある者は、また一流の俳優でもあるのだよ!
 余にはこの剣は抜けぬ!抜けぬのだ!
 ん・・・?
 父上の様子がおかしい。
 余を嘲る者どもをにらみつけ、今にも腰に差した剣を抜かんとしている!
 おいおい、まさか斬る気か!
 やめてください、父上!
 こんなことで無用な血を流してはなりません!
 ちょ、兄上!
 兄上まで剣を抜かんとする勢いだ。
 騎士とは、なんて気の荒い人達だろう!
 そんなだから、ローマ人に野蛮人扱いされるんだよ!
 わかった!抜くよ、抜くから!
 余は渾身の力を込め・・・るフリをして、聖剣を引き抜き頭上に掲げた。
 観衆が一斉に静まり返る。
 待ち構えていたキャンタベリ大司教が、石の上にのぼって高らかに宣言した。
「ユーサー王の遺言により、聖剣を引き抜いたアーサーをブリテンの王として認めよう」
 観衆からブーイングが起こる。
 そりゃそうだ、ある日突然、聞いたこともない小領主の子せがれが王様になって、自分たちを支配するなんてことになったら、誰でも怒るわ。

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