小説

『アーサー王と抜けない聖剣』田口浩一郎(『アーサー王伝説』)

 父上と兄上の期待だ。
「抜け、抜くんだアーサー!」
 彼らの苛立ちがヒシヒシと伝わってくる。
 イヤだね、余は抜かない。
 抜かないんだからね!
 所在なさげに首を振り、「無理だよ、父さん」というジェスチャーを父上に送る。
 観衆が大いに嘲り笑う。
 ふん、愚か者どもが勝手に笑っているがいい。
 余は名誉よりも長生きを選ぶのだ。
 兄は悔しさに震えている。
 無表情を装った父の目が「抜け!頑張れ!」と訴えているのがわかった。
「国王陛下がお困りのようだ、誰か代わりに抜いてさしあげろ!」
 下卑た野次と笑い声が響く。
 すると、脳筋を絵に描いたような、いかにも屈強そうな男が名乗りをあげた。
 男は「どいてろ」と言わんばかりに余を突き飛ばし、豊かなヒゲを撫でまわして笑った。
 ふん、ムカつくヤツだ。
 だが、まあ仕方ない。
 さっさとその忌々しい剣を抜いてしまえ、この脳筋男が。
 そして、諸侯の敵視を集めて袋叩きにされるといい。
 脳筋男は剣の柄を握るとワザとらしく深呼吸し、そして、渾身の力で引き抜こうとした。
 抜けない・・・。
 おいおい、どうした脳筋男よ。
 そんな剣、余なら小指一本で引き抜けるぞ。
 全身に青筋を立て、粘りに粘った脳筋男だが剣はビクともせず。
 周囲から悪意に満ちた笑いが起こった。
 脳筋男はプライドを傷つけられ、完全に打ちひしがれている。
 そんな彼を見て、余はピンと思いついた。
 余は脳筋男の肩に手を置き、そっと囁きかける。
「剛力に感服いたしましたよ。惜しかったですね。さて、この聖剣ですが、私にはもう抜けかけているように見えます」
 ブーイングで心の弱っている脳筋男は目に涙を浮かべ、余の甘言に早くも心を開き始めている。あはは、チョロい。チョロすぎる。
「成果の出かかっている仕事を投げ出すのは惜しいことですね。で、どうでしょう、私がお力添えするというのは?微々たるものですが、私だってあなたの四分の一くらいの力は持ち合わせております。そのかわり、剣が抜けた暁には私にブリテン島の四分の一を下さいませ。残りの四分の三は、あなたが王として治めればよろしいでしょう」
 絶望に沈んでいた脳筋男の目がキラキラと輝きだした。
 余と脳筋男は、掌を重ねるようにして剣の柄を握る。
 観衆がどよめく。
 父上と兄上が怪訝な表情を浮かべているのが見えた。
「じゃ、まいりますよ。ふんっ」
 余は懸命に力を込めているフリをした。
 ここで一気に引き抜かないのが重要だ。

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