小説

『アーサー王と抜けない聖剣』田口浩一郎(『アーサー王伝説』)

 もう、ヤケクソだ。
 そして、不服そうな表情を浮かべた王侯たちが、熱狂する群衆から離れていくのが見えた。
 彼らとは、いずれ戦わなければならなくなるだろう。
 はぁ、うんざりだ・・・。

 数えきれぬほどの兵と騎馬が、ブリテンに向かって進軍していた。
 現在、余はローマ帝国との戦いに勝利し、凱旋の途上にいる。
 王位継承に反対する王たちとの抗争に勝利した余は、ブリテンに侵入しようとする野蛮な異民族どもを撃退。ローマの統べる大陸へも領土を広げることに成功した。
 なに、余がすごいのではない。
 余に仕えている円卓の騎士たちが、すべて勝手にやってくれたのだ。
 余は、やはり名君ではないらしい。
 聖剣を引き抜くまいとしている最中に考えていた、あの悲観的な未来予測はすべて外れてしまった。それどころか、史上まれに見る征服者として、アーサー王の名は全ヨーロッパに轟いているのだから。
 あんなに悩んで損しちゃった。
 このぶんだと、いつかどこかで討死にするという、あの予想も外れるのだろうな。
 今、余の望みは老衰で死ぬことだ。
 戦場ではなく、ベッドの上で。
 苦しむことなく、眠るように逝きたいのだ。
 英雄はこのへんで廃業する。
 これ以上の領土拡大などもってのほか。
 あの聖剣の前に立った若き日のように、グズグズと手をこまねいて生きるつもりだ。
 余にはそれが合っている。
 もう、同じ失敗はしないぞ。
 余の気持ちを読み取ったのか、すぐ隣で馬に乗っていたマーリンがため息をつく。
 彼は老いた肩をすくめると、「無駄だ」といわんばかりに馬の腹に小さく拍車を入れた。

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