小説

『アーサー王と抜けない聖剣』田口浩一郎(『アーサー王伝説』)

 歩き去って行くマーリンが、大袈裟に肩をすくめるのが見えた。
 だから、心を読むなっつーの。
 観衆は明らかにイライラしはじめている。
 飛び交う野次もだんだんと苛烈なものになってきた。
「なにが聖剣に選ばれし王位継承者だ!この詐欺師が!」
 んふふ、そうそう、そう思ってもらって全然かまわんぞ。
 下らん野次にうろたえて剣を抜いてしまえば、待っているのは貧乏くじだからな。
「お前のような若輩者が国を統べることなどできんわ!」
「母親の乳をもらって、手足が伸びてから出直すがいい!」
 あはは、汝らこそ、もう少し母乳をもらったほうがよいのではないか?
 その程度の悪口しか思いつかぬようでは、ろくに脳ミソに栄養が回っていないのであろう。
 さあ、愚者の難クセを相手にしている間に考えるのだ、剣を抜かずに済む方法を。
 と、その時、ひときわ声高な罵声が余の耳をついた!
「引っ込め!ヒゲも生えそろわん半人前のガキが!」
 ・・・あ?
「引っ込めと言ってるんだ!お前のヒゲじゃ羊の牧草にもならんわ!」
 なんだと・・・!?
 ひ・・・ひ・・・
「羊の牧草ぐらいなるわコラァ!刀のサビにすっぞ、この不届者がぁ!」
 ・・・!
 振り上げた余の手には聖剣が握られていた。
 観衆がシンと静まり返る。
 いかん・・・。
 ヒゲは男の象徴。
 ヒゲはモテ男の必須条件。
 男らしさが重視されるブリトン人社会において、ヒゲの薄い余はどんなに賢くても子ども扱いを受ける。
 余にとってヒゲは憧れでもあり、コンプレックスでもあった。
 ヨーロッパ中の王のヒゲを集めてマント飾りにしているという、聞いただけで不潔そうな巨人の伝説がある。
 だが、この巨人に欲しいと言わしめるほどの立派なヒゲを蓄えるのが、余の夢だった。

 誰だ、余のデリケートゾーンにズカズカと踏み込み、冷静な判断を妨害した者は。
 静まり返る群衆の上に、ゆっくりと目を走らせる。
 と、口もとに両手を添え、満足げに微笑んでいる者がいた。
 父上・・・。
 余の心をえぐる残酷な暴言は、父上の放ったものだった。
 父上のとなりでマーリンがニヤニヤと笑っている。
 くそっ、あの魔法使いの策か・・・。
 マーリンのやつ、父上から余のコンプレックスを聞き出していたのだ。
 観衆から「アーサーコール」が巻き起こる。
 誰も抜けなかった聖剣を引き抜いたことで、この場に集まったほとんどの者が余をブリトン王と認めたようだ。
 余は満面の笑みで手を振って応える。

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