小説

『シャボン玉』伊藤円(童謡『シャボン玉』)

「……ほら、もう、寒いから今日はオシマイ」
 やがて、様子を見に来た母が言った。祖母は名残惜しそうに僕を見詰めたが、僕は、母の言葉に頷いた。もう、続けることはできなかった。
「また、やろう。今度は、風も吹いてない時にさ」
「そうかい、仕方ないねぇ」
 祖母はゆっくり、容器を置いた。僕は即座に道具を回収して、鞄の中までに放り込んで、すると、そんなら、と祖母に僕にゲームを勧めるのだった。不安だったが、いざ応対してみると、ゲームならば祖母もできるようだった。その腕前は悪くはなかった。単純なルールの落ち物パズル、手加減をして、負けたり、勝ったり、互角を演出して、僕はやっと昔の時間が戻ったようで嬉しかった。それでも祖母の疲労は目に見えるようで、僕は、母に言われもせずにゲームを切り上げてリビングに戻った。
「まったくゲームはうまいんだから、失礼しちゃうよ」
 言うと、両親は悲しそうに笑った。

「ばあちゃんが、亡くなった」
 訃報は父からだった。東京に戻って二か月も経っていなかった。ついに来たか、と思った。

 仕事を休んで慌ただしく実家に帰った。お馴染みの葬儀会場で通夜が行われることになった。駆けつけた母の姉は見るからに沈んでいた。娘もいやに大人しかった。母は喪主の所以かあくせく立ちまわっていたが、カラ元気であるのは明白だった。祖母は、棺桶の中で眠るように死んでいた。頬に触れると固く、冷たかった。死は明確な事実らしかった。物寂しさが込み上げて、しかし直ぐに治まった。不思議と涙も、嗚咽も出なかった。祖母の遺体を目前にして尚、僕は実感が湧かなかった。どころか、祖母がこんな縁もゆかりもない田舎で葬られてしまうことが不憫に思えた。遣り場のないもやもやが消えなかった。やがて参列してくれた父方の親戚たちに、その顔を眺められながら、安らかな顔云々言われているのが不快だった。態々来てくれるのはありがたいことだ、と思おうとしたが、酒宴が開かれて接点も何もない他人の葬式で泥酔して騒ぐ、そんな態度が酷く腹立たしかった。思わず父に愚痴を零したが、父は冷静に僕を諭した。喪主として、毅然としようとしているのは理解できたのに、そんな父の態度すら不満だった。しかしやがて通夜が終わった後、父方の祖母だけは母を労いながらずっと手伝ってくれて、ふと僕も心強く思った。この祖母を、大切にしようと思った。
 

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