小説

『シャボン玉』伊藤円(童謡『シャボン玉』)

 二人きりではいつ何時も外出を遠慮した祖母だ、それがどんな気分なのかは判然としなかったが、とにかく、よく晴れた日、ゲームも飽きて、他にすることもなくて、退屈を持て余している昼間など、誘うと祖母は快く応じてくれた。簡単な出自宅を済ませると、僕たちは公園に向かった。僕は駆けて、祖母は歩いた。誰もいないベンチを陣取るとそこに祖母を案内した。
 そこで僕は決まって、シャボン玉の準備をした。
 ちょん、ちょん、筒を容器に差し込んで、液体を浸す。液が滴らないように、さっ、と筒を口に咥える。ぷくっ、と頬が膨れて、同時に、僕の期待も膨れ上がる。祖母は筒を一寸上向きにして、視線をずっと遠くに向ける。すると瞬間、
 ぶわっ。
と、いっぱいの玉が筒から零れ出す。
 ころ、ころ、びいどろみたいな小粒の玉は、ふわ、ふわ、空を飛んで行く。ふら、ふら、辺りにおおきく広がって、くる、くる、虹色の光を煌めかせる。あっちの玉へ、こっちの玉へ、光はめまぐるしく跳ね回り、あっちから、こっちから、仲間の光も動き出す。空一面を覆う玉の数々。木よりも高い。壁より高い。腕を上げたって、背伸びしたって、届きやしない。もう解らなくなった頃、ぱちん、と音のない気配がする。飛沫は小雨のように下方の玉に降りかかって、光は花火のように四方の玉を突き破る。一つからとんで五つ、九つ、数えきれない玉が消え、空は元の、でも、ざらざらした質感を顕す。
「すごい!」
 思わず僕は言う。見やれば祖母は微笑んでいる。シャボン液が入ったピンク色の容器を傍らに置いて、筒だけは手に持ったままで、
「ほら、次はジュンちゃん、やってごらんよ」
 と言う。ヨシ、と僕は祖母を真似て筒にシャボン液を浸す。すうっ、と息を吸い込んで、ふうっ、と吐き出して、でも、祖母のようには玉は出てこない。筒の先端が線香花火のように、ぱち、ぱち、弾けるだけ。それでも諦めず続けていると、やがて、一個の玉が落ちてくれる。鈍くさい玉。浮かばず僕の目前に寄り添っている。それでも薄い膜の中にまで虹が溶けている。応援したくて追いかける。飛べ、飛べ、とじっ、と見守る。すうっ、と少しずつ上昇する。祖母の頭を越えて、木を超えて、そして民家の屋根まで上ると、ぱちん。壊れて、消えてしまう。
 

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