小説

『シャボン玉』伊藤円(童謡『シャボン玉』)

「あらら、頑張った、頑張った」
 祖母が言う。柔和に微笑んでいる。祖母のようにできなかった悔しさが一気に晴れていく。祖母はもう一度シャボンに手を掛ける。僕もそれを真似する。今度は二人、いっぺんに吹く。昼下がりの公園、祖母と僕、二人ベンチに座って、ずっと、ずっと、シャボン玉を遊ぶ。それでも僕はいつまでも上達せずに、
「……失礼しちゃうよ」
 ふと、呟いてしまって慌てた。反射的に辺りを見回すと、少ない電車の乗客は誰もウトウトしていて、僕の声に気がついていない様子だった。ほっ、と安堵して僕は膝の上に置いた鞄を開いた。探すまでもなく現れた、
 ビニールに入った三本の赤い容器、それから、二本の黄緑色の筒。
 まさか昔とまるで同じものが売っているとは思わなかった。まさか、これをまた祖母と遊べるとは思いもしなかった。短い期間だった。淡い思い出だった。祖母としての関係であれば、父方の祖母のほうがよっぽど面倒を見てくれた。近所に越したのもあって、泊まり行けば、外出にも連れ出され、褒めてくれた、大人になった今でも何かあれば力になってくれた。小学二年、田舎に越してから僕と母方の祖母の関係は殆どなくなってしまった。祖母を引き取る引越しの時にやっと、それでも、ほんの少し喋れたくらいだった。でも、それでも、過去を巡れば、そこにはすっ、と祖母の柔和な笑顔が浮かんだ。並んで熱中したゲームの音が、後ろで小銭を握らせた体温が、そして、ぶわっ、と辺り一面に広がったあのシャボン玉が、いつでも僕の胸のどこかに存在していた。
「次は、終点、終点です」
 

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