小説

『シャボン玉』伊藤円(童謡『シャボン玉』)

 続きの歌詞を、僕は知らなかった。
 途端に旋律が変わった。音符は同じなのに寂を帯びた。それは、自分と重なるようだった。僕と、祖母と、帰省の日を蘇らせた。昔のようにうまく吹けなかった祖母が、棺桶に横たわっていた祖母が、白く小さな骨片に変わってしまった祖母が、今まで一度も顧みなかった老衰した祖母の姿が、シャボン玉の膜に飛び移る光のように脳裏に点滅した。流れ込む合唱が祖母のしわがれた声に変わって、シャボン玉を昇らせて、あの日の記憶をさらっていった。隣あって弾けたシャボンの飛沫が小雨のように僕の額を濡らして、
ぽたん。
滴が落ちた。ふいの涙だった。どうして泣いてしまったのか解らなかった。こうまでしても寂寥は僕の心とは別の場所にあるようだった。なのに、止まらなかった。ぼろ、ぼろ、零れ続けた。慌てて瞼を拭った。少しく晴れた視界が愚鈍なシャボンが地面近くに浮かんでいるのを捉えた。ふいに、飛べ、飛べ、と胸の中で祈っていた。しかしシャボン玉はみるみる地面に降下して、ぱちんと儚く壊れてしまった。また、涙が零れた。また、合唱が始まった。さっきよりも、ずっと合った声で。

シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
こわれて消えた

シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
生まれてすぐに
こわれて消えた

風、風、吹くな
シャボン玉
飛ばそ――

 

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