小説

『シャボン玉』伊藤円(童謡『シャボン玉』)

「いやぁ、やっぱりでっかくなったねぇ、今、いくつだっけ」
「今、二十四、もう子供じゃなくなっちゃったよ」
「あらぁ! 二十四だって! 失礼しちゃうわねぇー!」
 祖母は大仰に、あの口癖を言ってくれた。わっ、と感動のようなものが胸に膨らんで、僕は返す言葉も探れなかった。
「ジュン! ちょっと手伝って!」
「や、ばあちゃん、一寸行くね」
 やがて母の声が聞こえて僕は一旦その場を離れた。リビングに行くと冷蔵庫が新調されていて可笑しかった。帰省するたびに新しい物がある。でも、僕は毎度のようそれに意見せず、
「ばあちゃん、全然元気そうじゃん」
 と母に言った。母は口許に少しだけ笑みを浮かべて、
「まぁ、今は、案外落ちついてるみたい」
 と答えた。しかしその視線は僕に向かなかった。車内で綴られた言葉が再度浮かんで、でも、僕はどうしてもそれが信頼できなかった。
――いつきても、おかしくないから。
 コーヒーを飲んで、煙草を吸って、話も尽きていない内我慢できなくなって、両親の許諾を得ると、僕は畳部屋に戻った。祖母は相変らずゲームをしていて、でも、僕を見ると最初と同じように体勢を変えて僕を歓迎してくれた。
「ほら、ばあちゃん、これ覚えてるかい」
 僕は背中に隠しておいたシャボン玉キットを祖母に渡した。膝の上に置かれたそれを、祖母はただでさえ細い目をもっと細めて、顔を近づけた。もしかして忘れちまっただろうか、そんな心配をしたが、暫くすると祖母は、ぐっ、とその切り傷みたいな眼を開いて、
「あら、こりゃ、ズイブン懐かしいじゃない!」
 嬉しそうに、言ってくれるのだった。
 

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