小説

『シャボン玉』伊藤円(童謡『シャボン玉』)

 がた、ごと、帰りの電車に揺られながら、僕は直ぐに寝てしまった。目覚めると辺りは木々が消えて景色は灰色に染まっていた。祖母が死んだ。葬儀が終わった。でも、それでも、祖母の輪郭ははっきりとしていた。見事なシャボン玉を吹いていた。また一緒にできるような気がしてならなかった。

 持て余した休日は煙草ばかりを消費させた。何かしなければと漫然とした焦燥が室内に充満して、何か閃きを、とカーテンを開けて思わずしゃん、と背筋が伸びた。注ぐ日差しは白く眩しく、向いのマンションの洗濯物が穏やかに揺れていた。窓を開けてベランダに出ればその狭い上空、さあっ、と広がる空には雲が一枚、二枚、建物の隙間からもう一枚。空気はつん、と冷たく、それでも陽だまりは温かい。向こうの戸建ての屋根の下には、野良猫の一匹も屯して、僕と目があうと、居心地悪そうに半歩居場所をずらした。顔だけ隠れたその猫の尻は、僕の腹を決めさせた。散歩をしよう。それだけの思いつきが、うだうだし続けていた僕の服を即座に着替えさせた。バッグをかけて、ふと、祖母のマフラーを首に巻くと、僕は家を出た。
 久しぶりに歩く真昼の街は閑静としていた。通行人は殆どおらず、車も自転車も滅多に通らない。商店にこそ人気はあるが、硝子戸の奥の店員は立ち呆けて欠伸すらかましている。長閑さにかまけて向かう先も定まらず、ただ、ただ、頭上の電線を追うだけ。建物の外壁に陽光が浸って、不気味なはずのそのコントラストが優しい。ちく、ちく、首回りを擽る毛糸が嬉しかった。風を少し通してしまう温度が心地よかった。しん、と線香のような匂いが、寛ぐようだった。そんな気分は愛おしかった。持って帰ってきてよかったと心底思った。祖母が死んで四十九日も終わった。実感なく祖母の死が過ぎ去っていった。それを僕は薄情だと思った。そんな不甲斐ない思いを、和らげてくれるようだった。
 

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