吉田修一(よしだ・しゅういち)
1968年長崎市生まれ。 97年「最後の息子」で第84回文學界新人賞を受賞し作家デビュー。20 02年『パレード』で第15回山本周五郎賞、同年『パーク・ライフ』で第127回 芥川賞を受賞。07年『悪人』で第61回毎日出版文化賞と第34回大佛 次郎賞を、10年『横道世之介』で第23回柴田錬三郎賞を受賞。著書に 『女たちは二度遊ぶ』『怒り』『森は知っている』『橋をわたる』など多数。
『犯罪小説集』吉田修一(KADOKAWA 2016年10月15日)
人はなぜ、罪を犯すのか?
人間の深奥に潜む、弱く、歪んだ心。どうしようもなく罪を犯してしまった人間と、それを取り巻く人々の業と哀しみを描ききった珠玉の5篇。2007年『悪人』、14年『怒り』、そして……著者最高傑作の誕生
─新刊『犯罪小説集』は、タイトル通り「犯罪」をテーマにされた作品です。吉田さんはこれまでも『悪人』や『怒り』などの犯罪小説をお書きになっておられますが、犯罪という題材を書く動機はどのようなところから生まれるのですか。
僕は小説を書くときに、正義の側に立つ気は全くないんです。「正しいこと」を小説で書きたいとは全然思っていない。そうすると、いわゆる「正義」や「正しさ」の対極にある「犯罪」というものがどうしても見えてきます。それに呼ばれたり、引っ張られたりして、犯罪小説を書くことが多いんだろうなという気はします。
─今回は、長編ではなく5つの作品が収録されている短編集ですね。
「小説 野性時代」で連載するとなったとき、最初にこういうスタイルが浮かびました。わりとゴツゴツした短編を5つか6つ並べて一冊にしよう、犯罪小説集を作ろうって。今回は、1つの小説から生まれる何かということではなくて、あまり関連性のない小説を5つ6つ並べたときに、自分でも想像していなかったようなものが生まれるんじゃないかなという予感があったんです。
─最初から一冊にすることは決まっていたけど、犯罪以外で各話に共通した何かがあったわけではなかったんですね。
なかったです。むしろ今回は、各話でそれぞれモデルになったような実際の事件の候補を、編集者から提案してもらったんです。最初から自分で選んでしまうと偏ってしまうなと思ったので。もちろん最終的には自分で決めたのですが、本来だったら自分があまり興味を持たないような事件も入っていたりします。そこはこれまでとは少し違いますね。
─そこから、どんな風にストーリーを作っていったのでしょうか。
「作る」という意識は全然ありません。今回のようにモデルとなるような実際に起きた事件があるとき、事件そのものを書くつもりはなくて、まず自分の頭の中に、その事件に触発された世界がなんとなく浮かんできます。僕は、その世界の中にとりあえず入ってしまうんです。それで、入ったときに、そこで何かを作るという感覚ではなくて、入ったら、「もうそこにある」。その世界をぐるっと一回りすれば、色々な人たちがいるので、その人たちと対話し、その人たちのことを書いていけばいいという話なんです。まぁ、そもそもその世界を作っているのは自分なんですけど(笑)。
─プロットも無いということですね。
全くないです。だから、自分では、「こうしたら話が上手く収まるのに」と思っても、筆がそうならない。というか、その世界の人が「うん」と言わないんです。だから、しょうがない(笑)。
─この作品について、 “こんなにも物語をコントロールできず、彼らの感情に呑み込まれそうになったのは初めてでした。”というコメントもありました。
全体的にずっとコントロールが効きませんでした。極端に言うと僕は、たとえば「青田Y字路」の犯人を、犯人にしたくなかったんですよ。でも、犯人だから……。本当にそういう感覚。「全員、事件を起こさなきゃいいのに」って思っていたけど、やっぱり起こしてしまう。
─「青田Y字路」の、町民の群衆が暴走するところでもコントロール不能なグルーヴを感じました。
その場面でもそうです。だけどもう一方で、その世界の中で僕は、町民たちの先頭切って暴れているんですよ(笑)。冷静に、「そんなことやらなきゃいいのに」と思いながら、自分がその最前線にいるという(笑)。それくらいコントロールできませんでした。
─「万屋善次郎」の善次郎にも事件を起こして欲しくなかったです。
ええ。「万屋善次郎」の世界の中では、僕は完全に犬の「レオ」や「チョコ」になっていました。言葉を話せない犬のもどかしさでずっと書いていたんです。
─物語の視点でいうと、各話それぞれ、様々な視点から書かれていましたね。
たとえば、一話目の「青田Y字路」は、途中まで、Y字路に立っている一本杉の視点で書いていました。そうやって途中まで書いたものを、極端に言うと、主語だけ変えていくという妙な書き方をしたんです。そういう意味では最初から、特定の誰かの視点で書くのではなくて、多視点で書こうとしていたんだと思います。それはきっと、作者の視点を消したかったということなんでしょうね。それは、特に意識的にやったと思います。
─各話のタイトルが共通して漢字五文字の熟語で表現されています。
短編のタイトルってやっぱり難しい。だから、なんか変わったことができないかなと考えて、歌舞伎っぽいタイトルにチャレンジしました。歌舞伎は、数年前に、「悪人」や「怒り」の監督の李さんと話しているときに、「面白いですよ」って教えてもらったんです。それまでちゃんと観たことがなかったので、行ってみたらハマりました。
─タイトル以外で、歌舞伎が小説に影響を与えているということはありますか。
まだそういう影響はあまり出ていないと思います。ただ、『犯罪小説集』でいうと、歌舞伎のいわゆる“見せ場”をそれぞれの作品に入れたいなとは考えていました。たとえば、「青田Y字路」なら、最後に火柱が立つ場面。“派手な”という意味ではなくて、そういう“見せ場”的なものをなんとなく意識して書いていたような気はします。
─長編を書くときと短編を書くときの違いについて、吉田さんのお考えをお伺いできますでしょうか。
厳密に言うと、『犯罪小説集』の作品は中編です。短編はもっと短くて、原稿用紙20〜30枚くらい。それで、短編も中編も長編もどれも大変なんですが、大変さの質が違います。陸上でいうと、中編は中距離走。400m走や800m走といった一番クタクタになる競技です(笑)。全力で走らなきゃいけないのに長くて、ゴールした途端に転げ回るみたいな(笑)。今回はそういう感じでした。
─なるほど(笑)。さて、話題が変わりますが、私たちブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー」を公募する企画です。吉田さんの作品には、『平成猿蟹合戦図』がありますが、先行作品をもとに新しい作品を作ることについて、お考えがあれば教えてください。
そういうやり方は、良いところもあれば悪いところもあって難しいですね……。先行作品が制約として邪魔になるときもあれば、逆にそれを足がかりにもっと世界が広がるということもありますから。
ただ、僕は、小説の第一条件は「自由であること」だと思うんです。制約が全くないところで書かれるものが小説だと。だから、そういう意味ではあまりおすすめできないです。
─制約がないのが小説。
『平成猿蟹合戦図』を書いた時のことを思い出してみると、やっぱり、それは制約なんです。「猿蟹合戦」をなぞる必要はないんだけど、あえてそういうタイトルをつけるということは、復讐の話にしないわけにはいかない。読者がこのタイトルから期待するのもそういう話でしょうし。だから本来は、そういう制約のもとで書くのは、小説家として少し余裕が出てきたときの方がいいのかもしれないです。もちろん、初めにそういうやり方で文章を書くことにチャレンジしていって、それで、「なるほど、小説というのは、こういう制約から逃れられたところで書けるものなんだ」と気づいてもらえたりするのはいいことだと思いますけどね。
─たとえば、今回の『犯罪小説集』のように具体的な事件をモデルにするというのは制約にはならないのですか。
そこなんですよね。それが物語的な制約にはならないようにしなければいけない。だから、物語としてはモデルの事件に引っ張られないようにしています。
ただ、それとは別に、小説は自由だから、フィクションだから何を書いてもいいのかというとやっぱりそれはよろしくなくて。作者として、その小説の世界にいる人たちに責任を持たなければいけない。そういう制約というか、配慮は必要だと思っています。
─小説の世界への配慮。
僕は、小説を自分のものというよりはその世界の人たちのものだと考えています。だから、何かを書くか書かないかの判断するときには、自分がどうこうというより、小説の世界にいる人たちに相談するしかない。その人たちが第一で、その人たちの気持ちを無視することはできないんです。そういう意味での配慮ですね。
ただ、その世界を作っているのはそもそも自分なので……と考えていくとわけのわからないことになっていくんですけどね(笑)。
─ブックショートの大賞作品はショートフィルム化されます。吉田さんの作品は、現在公開中の『怒り』をはじめ数多く映像化されています。ご自身の作品の映像化について、お考えをお伺いできますでしょうか。
いつも単純に、どういう映画になるのかなって楽しみにしています。
ただ、条件というと大袈裟ですが、僕は、映画化の話になったときには毎回、「小説より面白くしてください」と伝えます。つまり、小説より面白くなるのであれば、内容を変更されることはまったく問題ないという考え方です。やっぱり小説でできることと映画でできることって全然違うと思う。それを無理に小説の世界から外れないようにしなければいけないのであれば、それは小説でいいじゃんという話で。映画化によって、そこではないところに持って行こうとしているわけですから、自由にどこまででも行ってくださいと思います。
─最後に、小説家を志している方にメッセージいただけますでしょうか。
これをやればいい小説を書ける、という方法はないんです。具体的にあれば、「こうやれば」って言えるんですけど、本当にありません。
僕は、小説って結局、「どう生きるか」ということと同じだと思うんです。自分がどういう風に生きるかが、そのまま自分が書く小説になっていくわけですから。日々生きてきた中で、見たこと、感じたことを文章にする。それだけの話なんですよね。ただ、じゃあ正しく生きればいいのかというとそういうわけでは決してありません。
─感じ方の問題なんですかね。
本当にそうだと思います。僕のなかで小説のためにやっていることを考えると、「日々生活していく」ってことだけですからね。(笑)。本当にそれだけ。そこで何に気づくか、何を感じるか。日々、丁寧に生きるって言えばいいのかな。僕が丁寧に生きているかどうかはわからないですけど(笑)。
─小説のためになにかをやっているというわけではない。
ないです。だから、映画も好きだし本も好きだけど、それは別に、小説のためになんてまったく思っていない。別にいい作品を読んだから、自分もいい文章が書けるようになるとも思いませんし。それは自分が読みたい、観たいから。つまり、それは「日々生活していく」ってことですよね(笑)。
─ありがとうございました。
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