森見登美彦
一九七九年奈良県生まれ。京都大学農学部卒業、同大学院修士課程修了。在学中の二〇〇三年に「太陽の塔」で第十五回日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビュー。『夜は短し歩けよ乙女』で第二十回山本周五郎賞、『ペンギン・ハイウェイ』で第三十回日本SF大賞、『聖なる怠け者の冒険』で第二回京都本大賞受賞。『四畳半神話大系』 『有頂天家族』はTVアニメ化された。その他の作品に、『きつねのはなし』 『新釈 走れメロス 他四篇』 『恋文の技術』 『宵山万華鏡』 『四畳半王国見聞録』など。「有頂天家族」シリーズは、森見作品の中では珍しい三部作。
『有頂天家族 二代目の帰朝』森見登美彦(幻冬舎 2015年2月26日)
誇り高き「阿呆の血」が騒ぐ!
天狗や人間にちょっかいを出しては狸界で顰蹙を買っている、京都下鴨家の三男狸・矢三郎は、まあまあ愉快に暮らしている。ところが、老いぼれ天狗・赤玉先生の跡継ぎである“二代目”がイギリスより帰朝すると、平和な街の気配が一変。天狗親子は大喧嘩、狸たちは覇権争い、狸を喰う人間たちは悪巧み、あちこちで多発する片思い……と、京都の街は混迷を極める。
矢三郎の「阿呆の血」が騒ぐ! 一族の誇りをかけて、尊敬する師、愛する者たち、そして毛深き命を守れ! 愛おしさと切なさで落涙必至の感動巨編。
TVアニメ化され、累計32万部突破した大ベストセラー『有頂天家族』。
森見史上、最も壮大で、最も愛の溢れる”あの物語”の第二幕、ついに開幕!
ー新刊『有頂天家族 二代目の帰朝』楽しく拝読させていただきました。前作『有頂天家族』から約七年ぶりの続編。やわらかな毛玉たちにとても癒される物語でした。まずは、そもそも狸の物語を書いたきっかけについてお伺いさせてください。雑誌『パピルス』(幻冬舎)では、学生時代、京都の住宅街で深夜、狸に遭遇したお話をされていましたが、そこから執筆までの経緯をお話しいただけますでしょうか。
たしか夜中、食事に行った帰り道でしたね。住宅街を歩いていると目の前を素早く獣が横切って溝に入って行ったんです。気になって覗きに行ったら、中にいました。あれは狸だったと思いますね。それで、京都の街中に実は狸がいるんじゃないかという実感が湧きました。そこから、現実の京都の街に狸が混じって暮らしている話ならば、好きなことを書けるんじゃないかなと気づいたんです。
人間を主人公にすると、親の仇や『ロミオとジュリエット』のような憎しみ合う家同士の話は生々しくなるし、現代の日本では書きにくいんですけど、それを狸たちがやっているんだよという設定にすれば、あまり深刻になり過ぎず、でも、古風な王道の物語展開が書けるだろうと構想が膨らんでいきました。それまで僕は、物語が激しく展開するような派手な小説は書いていなくて、大抵腐った大学生が主人公ばかりだったので、もうちょっと「物語」らしい「物語」を書けるようにならねばという気持ちがあり、そうするには狸がすごくいいんじゃないかなと思ったんです。そこからですね。
ーたしかに狸が主人公だと生々しさは無いですよね。
そうやって狸を主人公にして書くことは決めたんですけど、狸と人間の二者だけだとどうしても話が単調になりそうな気がしていました。何か別の要素もあった方がいいなと。そんなとき、漫画家の黒田硫黄さんの『大日本天狗党絵詞』という、現代の日本に天狗たちが混じって暮らしているという漫画を読んだんです。それでそこからアイデアを拝借し、天狗を現代の街に登場させて、人間と狸と天狗をごちゃ混ぜにする話にしてしまえば話を転がせるなと思いました。三角関係のようなものですが、人間・狸・天狗と勢力を三つにすれば、いくらでも物語を動かすきっかけが作れるかなと。
最初は何となくそういう風に設定しただけなんですけど、書き進むに連れて、やっぱり天狗と狸と人間の三つ巴にしておいて良かったなと思いましたね。二者での展開が行き詰まると、残りの勢力から変なちょっかいを出せるというのは、お話をずっと回して膨らませていくうえでは非常に便利でした。それは後から気づいたことですけどね。
ー狸の四兄弟、弁天様、赤玉先生など一作目からの魅力的なキャラクターに加え今作では、タイトルにもなっている赤玉先生の「二代目」、幻術士の天満屋、菖蒲池画伯などの新キャラクターが京都を掻き乱します。特に、天満屋は胡散臭さ満点、大物のようでいて小物のようでもあって味わい深かったです。
第一部では、金曜倶楽部と淀川教授が人間側の一大勢力でしたが、最後に淀川教授が狸の味方になってしまったんですよね。それで、第二部ではどうも人間側が単調になってしまって、もう少し勢力を強くしなきゃと思いました。それで天満屋さんの登場ですが、もともとは古い逸話集に登場する有名な幻術士 果心居士を参考にしています。果心居士は実在したかどうかは不明ですけど、奈良や京都のあたりで色んな不思議な術を使って人間を化かしていたという幻術士です。狸といえば人間を化かすので、逆に狸を化かす人間が出てきたらけっこう引っ掻き回してくれるんじゃないかなと考えたのが最初でしたね。
あとは、金曜倶楽部に寿老人という強いおじいさんがいて、人間側の最大の妖怪なんですけど、彼を直接動かすとラスボスが自分で雑用しているみたいになってしまうからなるべく動いてほしくないと思ったんです。それで寿老人のうさんくささを体現しつつ、代わりに動いてくれる人を用意すれば、人間側の怪しさを出すことができると考えました。だから、天満屋というのは、後ろに寿老人がいて、寿老人のイメージをもっと俗物っぽくした感じなんですよね。
ー天満屋が矢三郎の月を盗む場面は幻想的でとても素敵でした。
第一部でちょうど同じ場所、寺町通り上のアーケードで、弁天が矢三郎に向かって「お月様が欲しいな!」「ほら、取ってきてごらん、矢三郎」とわがままを言った場面がありました。天満屋が月を盗む場面ではそれをもう一度再現したかったんです。ちょうど彼は狸を化かすというキャラクターなので、天満屋に矢三郎の月をとらせて、それを弁天に渡して、弁天がそれを矢三郎に返すという流れで。そうやって天満屋のキャラクターが固まっていきましたね。
ーまた、次男の矢二郎が京都から旅立ち四国に渡ったり、主人公 矢三郎が地獄に堕ちたりと舞台もスケールアップしています。さらに、毛玉たちの恋の進展にもほっこりしました。前作と今作の違いについてお話しいただけますでしょうか。
第一部は手探りで書き、勢いで終わったという感じだったので、第二部でもそれを再現しようとしました。ところが、何しろ七年経っているし、僕自身もちょっと気を抜くとこぢんまりとまとめてしまうような、安全策をとるような癖が出てしまったんです。それをなんとか振りほどこうともがいていましたね。小説に限らず、慣れてくると先が読めるようになってしまって面白くないんですよ。書いている本人も面白くないし、読者にもきっとわかってしまいます、「これ、作者は狙ってこう落としてるな。」と。そういうのは嫌でしたから、第二部の方が混沌の度合いが大きくなっています。天満屋や他の変なキャラクターを登場させて、意図的にどうなるのかよくわからない無茶苦茶な状態に一旦して、自分でもこれどうやって落とすんだろうという感じで書いていましたから。あえてそうしなければ、僕には第一部と同じようなスケール感の作品が書けなかったんですね。
ー最終ページには、第三部予告も掲載されています。今から楽しみです。
予告は、第三部で起こることのイメージとしてある断片をフワフワとした形で書きました。だからまだ厳密なストーリーは無いんです、全然(笑)。ただ、あまり限定しないという形ならば、第三部はこういう小説じゃないかというコンセプトみたいなもの、今までとは逆のパターンで天狗がメインでそこに狸が絡んでいくような話になるだろうとか、赤玉先生の後を誰が継ぐのかという話になるとか、そういうのはあるわけですよね。だから、実際に書くときにはそういう断片を手掛かりにまた探りながら積み上げていくということになるでしょうね。それは実際に書いてみないとわからない。こういうストーリーになるはずだと考えて、それに従ってやっても面白くはならないですから。
あと、第二部は切なく終わるので、それだけでは読者の方も淋しいんじゃないかなと思って。わざわざ予告をつけたのは、淋しさを紛らわすためのサービスのつもりでした(笑)。
ー話題が変わりますが、私たちショートショート フィルムフェスティバルは、「ブックショート」というショートフィルムやラジオ番組の原作となる短編小説を募る賞を今年度からはじめました。前作『有頂天家族』や『四畳半神話体系』がアニメ化されている森見さんは、ご自身の作品の映像化についてどのようにお考えでしょうか。
基本的に、自分の小説を読んで映像化したいと思ってくれる人がいるというのは単純に嬉しいですね。ただ、僕は自分の作品としては小説で本になった時点で完結していると思っているので、自分の作品と言えるものは「小説だけ」という感覚です。小説が子供だとしたら映像作品は孫のようなもので……。
僕は、一度任せてしまうとあまり口は出したくない方なんです。映像作品というのは監督が最終的な責任を持つわけだから、監督が僕の小説をどういう風に読んだかということが反映されるべきであって、僕がこの作品についてどう思っているのかということが反映されるべきではないと考えています。そういうスタンスなので、最初の段階で誰に任せるかというのは結構シビアです。あんまり任せないですね。お話は色々と頂いてはいるんですけど、様々な事情でお断わりしているものも多いというのが現状です。僕は必ずしも映像化を積極的にやって欲しいというわけではありません。ただ、ものすごくやる気があって、こういう形ならいい映像にできるというアイデアがある人が、状況が整って申し入れてくれるということがあるのならば、お願いしたいですね。これまでお任せした方たちは皆さんとてもいい作品に仕上げてくださったので、すごく幸運だったなと思っています。
ーブックショートでは、昔話や民話、小説などをアレンジした(二次創作した)短編小説を公募中です。森見さんは、『新釈 走れメロス 他四篇』(祥伝社)で、表題作『走れメロス』(太宰治)や『山月記』(中島敦)、『藪の中』(芥川龍之介)などを、現代の京都を舞台に生まれ変わらせています。過去の名作を新しく作り変えることについてのお考えをお聞かせください。
『新釈 走れメロス 他四篇』森見登美彦(祥伝社 2007年)
あの名作が京都の街によみがえる!? 「真の友情」を示すため、古都を全力で逃走する21世紀の大学生(メロス)(「走れメロス」)。恋人の助言で書いた小説で一躍人気作家となった男の悲哀(「桜の森の満開の下」)。
馬鹿馬鹿しくも美しい、青春の求道者たちの行き着く末は? 誰もが一度は読んでいる名篇を、新世代を代表する大人気著者が、敬意を込めて全く新しく生まれかわらせた、日本一愉快な短編集。
『新釈 走れメロス 他四篇』は編集者の方から提案された企画で、手探りしながら一つ一つ書いていきました。それでいいなと思ったことがあります。それは、そもそも僕はあまり小説で自分の思いや悩みをストレートに書きたくないんですけど、この本ではその辺を非常にストレートに書けているんです。これはどういうことかと言うと、当時の自分が非常に言いたかったんだけど正直に言うのは憚れたことを、昔の作品に仮託して言ってしまうことができた、つまり、原作を置き換えているフリをしながら、実は僕が露骨に本音を言うことができたということなんですね。そうすると非常に核のある作品になります。読んだ人にはわかると思うんです、「この人は機械的に現代に置き換えたわけじゃなく、『山月記』の向こう側に隠れて、『山月記』のなかでピンときたところを語っているんだな。」ということが。それは、書く前はよくわかってなくて書きながら気づいたことです。ただ実際には、過去の作品や古典的な名作を読んでいる人は個人的にみんなそうしているはずだと思います。読んで面白いと感じるということは、時代の違う作品のなかに現代の自分にピンとくるところがあるということなんです。読めるという時点でそうではないかと。
だから、小説を現代に置き換えて書くときには、それをすごく大事にしないと単なる機械的な置き換えに終わってしまいます。現代に置き換えた時に、昔の小説の中で自分がグッときた部分というのを利用すべきなんですよね、おおっぴらに、ガツンと。せっかくのチャンスだから、なんでその作品を選んだのか、なんでそれが今の自分にガツンと来るのかということをどんどん出さなきゃいけないと強く思いましたね。
ー最後に、小説家を志している方(ブックショートに応募しようと思っている方)にメッセージいただけましたら幸いです。
僕には、本にして出版してもいいという“小説の基準”があります。それは小説が、書く前には想像していなかったところに到達できたかどうかということです。頭の中で設計図を引いてそれを組み立てて書きましたというものではなく、最初から順々に書いていかなければたどり着かないような作品になったかどうか。もし最初に自分が想定していたもののなかにぴったり収まっていたというなら、それはもう自分にとって作品にならない。その小説自体が他の人の作品に比べて出来が良いとか悪いとかそういうことではなくて、自分自身の中から普段の自分以上の作品が出てきたと思えるかどうか。それだけが僕にとっての基準です。だからそれができない場合、本はいつまで経っても出せません。時間はかかりますけど、やっぱり小説をせっかくわざわざ書くのだから、自分でよくこんなもの書いたなという作品を書きたいんです。それが理想ですね。だから、みなさんも理想としては、小説を書くことで自分以上のものを出してほしいと思います。僕もそれができるといいなと常々思っているのですが、年々大変になっているような気がします(笑)。
ーありがとうございました!
*賞金100万円+ショートフィルム化「第5回ブックショートアワード」ご応募受付中*
*インタビューリスト*
馳星周さん(2019.1.31)
本谷有希子さん(2018.9.27)
上野歩さん(2018.5.31)
住野よるさん(2018.3.9)
小山田浩子さん(2018.3.2)
磯﨑憲一郎さん(2017.11.15)
藤野可織さん(2017.11.14)
はあちゅうさん(2017.9.22)
鴻上尚史さん(2017.8.31)
古川真人さん(2017.8.23)
小林エリカさん(2017.6.29)
海猫沢めろんさん(2017.6.26)
折原みとさん(2017.4.14)
大前粟生さん(2017.3.25)
川上弘美さん(2017.3.15)
松浦寿輝さん(2017.3.3)
恩田陸さん(2017.2.27)
小川洋子さん(2017.1.21)
犬童一心さん(2016.12.19)
米澤穂信さん(2016.11.28)
芳川泰久さん(2016.11.8)
トンミ・キンヌネンさん(2016.10.21)
綿矢りささん(2016.10.6)
吉田修一さん(2016.9.29)
辻原登さん(2016.9.20)
崔実さん(2016.8.9)
松波太郎さん(2016.8.2)
山田詠美さん(2016.6.21)
中村文則さん(2016.6.14)
鹿島田真希さん(2016.6.7)
木下古栗さん(2016.5.16)
島本理生さん(2016.4.20)
平野啓一郎さん(2016.4.19)
滝口悠生さん(2016.3.18)
西加奈子さん(2016.2.10)
白石一文さん(2016.1.18)
重松清さん(2015.12.28)
青木淳悟さん(2015.12.21)
長嶋有さん(2015.12.4)
星野智幸さん(2015.10.28)
朝井リョウさん(2015.10.26)
堀江敏幸さん(2015.10.7)
穂村弘さん(2015.10.2)
青山七恵さん(2015.9.8)
円城塔さん(2015.9.3)
町田康さん(2015.8.24)
いしいしんじさん(2015.8.5)
三浦しをんさん(2015.8.4)
上田岳弘さん(2015.7.22)
角野栄子さん(2015.7.13)
片岡義男さん(2015.6.29)
辻村深月さん(2015.6.17)
小野正嗣さん(2015.6.8)
前田司郎さん(2015.5.27)
山崎ナオコーラさん(2015.5.18)
奥泉光さん(2015.4.22)
古川日出男さん(2015.4.20)
高橋源一郎さん(2015.4.10)
東直子さん(2015.4.7)
いしわたり淳治さん(2015.3.23)
森見登美彦さん(2015.3.14)
西川美和さん(2015.3.4)
最果タヒさん(2015.2.25)
岸本佐知子さん(2015.2.6)
森博嗣さん(2015.1.24)
柴崎友香さん(2015.1.8)
阿刀田高さん(2014.12.25)
池澤夏樹さん(2014.12.6)
いとうせいこうさん(2014.11.27)
島田雅彦さん(2014.11.22)
有川浩さん(2014.11.5)
川村元気さん(2014.10.29)
梨木香歩さん(2014.10.23)
吉田篤弘さん(2014.10.1)
冲方丁さん(2014.9.22)
今日マチ子さん(2014.9.7)
中島京子さん(2014.8.26)
湊かなえさん(2014.7.18)