馳 星周(はせ せいしゅう)
1965年北海道生まれ。96年『不夜城』で衝撃的なデビューを飾る。
同作は吉川英治文学新人賞、日本冒険小説協会大賞を受賞したほか、映画化もされ大きな話題に。
『ゴールデン街コーリング』馳星周(角川書店 2018年12月27日)
「日本冒険小説協会公認酒場」と銘打ったバー〈マーロウ〉のアルバイト坂本は、本好きが集まるこの店でカウンターに立つ日々を送っていた。北海道の田舎から出てきた坂本にとって、古本屋街を歩き、マーロウで文芸談義できる毎日は充実感をもたらした。一方で、酒に酔った店主・斉藤顕の横暴な言動と酔客の自分勝手な振る舞いには我慢ならない想いも抱えていた。そんなある日、ゴールデン街で放火未遂事件が起こる。親しくしている店の常連「ナベさん」は放火取り締まりのため見回りを始めるが、その矢先、何者かに殺されてしまう。坂本は犯人捜しに立ち上がるが――。若手作家の胎動著しき頃、ゴールデン街がもっともゴールデン街らしかった時代にひりひりする時間を過ごした著者の、最初で最後の自伝的青春小説。
─新刊『ゴールデン街コーリング』楽しく拝読させていただきました。まずは、<最初で最後の自伝的青春小説>と銘打たれたこの作品がどのようなきっかけで生まれたのか教えてください。
編集者から提案があったんです。それで、僕も、「ああ、面白いな」と。作品の主要人物である斉藤顕は、僕が大学時代に働いていたゴールデン街のバー〈深夜+1〉の店主だった内藤陳さんがモデルなんですけど、僕はおそらく、まだ陳さんが生きていらっしゃったらそういう作品は書かなかった。だけど、陳さんも亡くなったし、もういいかなという感じで。やってみようということになりました。
─内藤陳さんは、コメディアンで書評家、日本冒険小説協会の会長でもあった方ですよね。馳先生は、別のインタビューで、<作中に登場するのは亡くなった人だけ>というお話をされていましたね。
小説に書いたのは、自分の体験のなかの本当にごく一部だけなんです。亡くなった人についても書けないことが大半だったので(笑)、生きている人はなおさらでしょう。ものすごく差し障りがある(笑)。だから、お客さんとして〈深夜+1〉にきていた実在の人物は、亡くなった人しか出さないと決めました。唯一の例外は、文芸評論家の北上次郎さん。僕が物書きとして世に出るきっかけを作ってくれた人なので、申し訳ないけど書かせてもらいました。
─今回、主人公の坂本とご自身とはどれくらい重なっているのでしょうか?
基本的にはフィクションなんですけど、「自伝的」ということだったので、主人公には、当時の僕が随分と投影されています。割合でいうと、事実6割/フィクション4割くらいのバランスだと思います。
─自伝的な小説を書くときと、そうではない小説を書くときとで違いはありましたか?
自伝的であろうが、そうでなかろうが、僕にとって小説を書くという作業に違いはありません。自分を投影した人物だからといって、特別な思いはなかった。違いがあったとすれば、他の小説なら取材して書くところを、今回、その必要がなかったから自分の記憶を掘り起こしながら進めた、ということくらいです。いつもと同じように、プロットも何も一切準備せず、書きながら考えていきました。頭の中にあるざっくりした白地図を、書きながら完成させていくようなイメージで。
─印象的だったのが、自分の原稿が初めて商業誌に載るかもしれないとなったときの坂本の初々しい感情でした。これは当時のご自身の気持ちと重なるところはありますか?
そうですね。若い頃はやっぱり自意識過剰だし、野心と不安の間で行ったり来たりするのが普通でしょうから。僕自身も揺れ動いていたと思います。『不夜城』(角川書店 1996年)の時も、似たような心境だった気がします。すごく良い作品を書いたという自信はあるんだけど、他人が読んだらどうなんだろう……とか。ただ、作家を五年も続けたら、そういう感情は無くなってしまう(笑)。自分の書いたものが雑誌に掲載されて、本になるのは当たり前という感覚になってしまったから。やっぱり今と当時は全然違うわけで。
─坂本は、物語を通してお酒を飲み続けていますが、馳先生ご自身も当時はそういう生活だったのでしょうか?
そういう生活でした。今は、昔のような飲み方はできないけど、お酒が好きなことには変わりがないですね。
─お酒の怖さも描かれていましたよね。斉藤顕は、お酒が入ると豹変します。一方、かつてお酒で身を持ち崩した後、禁酒したバーテンダーの武田さんという人物もいました。対照的な二人だったと思います。
対極の二人ですね。僕も、もう数十年お酒を飲んできているわけだから、お酒を飲んだら駄目だろうっていう酒乱の人はたくさん見てきています。しかも、そういう人に限って飲みたがる。飲んだら、人に迷惑をかけるし、下手したら死んじゃったりすることだってあるんだから止めればいいのにって本当に思う。そういう自分の気持ちは投影しています。
─坂本は、<顕さんのようになりたくはない>と言いながらも、なかなかバイトを辞めません。いまの若者はバイトをバックレる人も多いですが、辛抱強いと思いました。
嫌になったからバイトをバックレるというのは、今でこそよくある話かもしれないけど、当時の感覚ではあり得ないことだったと思うんです。要するに、責任感の問題だから。僕はいまだに、いまの若い子のそういう感覚がよくわからない。バックレてもいいという感覚が。それはもしかしたら、親の教育が悪かったのかもしれない(笑)。簡単に言えば、僕たちの頃に比べて、甘やかされて育ったからだろうなとは思います。
─斉藤顕が絶賛する小説の登場人物<誇り高く、友情や信義を重んじ、中世の騎士よろしくか弱き女性を守って生きていく男>に対して、坂本は違和感を持つようになります。その変化は彼にとって「成長」だったと言えるのでしょうか?
成長でもあるでしょうし、「なにが自分の心を震わせるのか」に段々と気づいていったということでもあります。僕も、チャンドラー的なハードボイルドや男の誇り、友情といったものがどうしても嘘臭く感じられるようになって、ノワールというものにたどり着いたので。そういう自分の小説観の変遷も書きたいと考えていました。つまり、18歳で北海道から上京してきた若者が、いかにして馳星周になっていったのかの一端を書いておきたいなと。
─坂本を可愛がっている文壇バーのママ佳子さんが、斉藤顕との関係について坂本にかけた、「人はゆるし、ゆるされて生きていくのよ」という言葉も印象的でした。ゆるすことができず、斉藤顕と「距離を置く」という選択をした坂本ですが、エピローグでは、「今のわたしなら笑ってゆるすだろう。だが、あの頃のわたしには無理だった」と振り返る場面があります。
実際に自分がそうだったから。だから、佳子さんが坂本にかけた「ゆるしてあげなさい」という言葉は、実は、いまの自分が、昔の自分に向かって言っているような感覚なんです。若い頃はいろいろなことがゆるせない。若者っていうのはそういう生き物だからそれはそれでいいと思うんだけど、歳をとるとやっぱり、いろんなことをゆるせるようになるんです。自分を省みるようになるから(笑)。「人を断罪できるほどの人間なのか、お前は」という。だから、ゆるさなきゃって。人をゆるせば、自分もゆるしてもらえるよっていう感覚だと思います。
─坂本は、ゴールデン街に対しても、<好きだけど、嫌い>という複雑な感情を抱えていましたね。
やっぱり、どんな小説でも、人間の抱える葛藤が一番のテーマになると思います。僕はゴールデン街で、普通の同い年の若者たちとは違う経験を随分とさせてもらったし、それが自分の肥やしになったと感じている。普通に生きていたら、小説家になっていなかっただろうし。ただ、全部がいいことばかりだったかと言うと、そうではなかった。実際、僕は、基本はゴールデン街が嫌いだったと思う。だけど、そこには大好きな人たちもいたから、やっぱり好きという気持ちもあって。好きだけど嫌い、嫌いだけど好き、という間で、常に揺れ動いていたんだと思います。
─エピローグで、坂本は20年ぶりにゴールデン街を訪れました。様変わりした景色を目の当たりにした坂本は、<また新しい文化がここから生まれていくのだろう。それでいい>と感じます。
実際に行ってみたら、自分が働いていた頃とはもう本当に全然違っていたんです。だけど、昔のままのゴールデン街だったら、もしかしたら廃れていたかもしれない。こんなふうに生き物みたいに変わって生き延びてきたんだと思ったら面白くて。僕は、「昔は良かった」とかは一切思わない質なので、その変化は、素直にいいことなんじゃないかと感じました。
─話題が変わりますが、私たちブックショートは、短編小説を公募して、大賞作品を毎年、ショートフィルム化しています。馳先生の作品では、『不夜城』が映像化されていますが、ご自身の小説が映像化されることについてどのようにお考えでしょうか?
『不夜城』が映画になった時、映画と小説は全く別の創作物だと実感しました。小説は、編集者に色々と助けてもらうけど、基本的には僕が一人で書く。一方で、映画は、たくさんの人たちが関わって作るわけだから。僕が書いた小説は、ただ単に元になっているだけ。だから、自分の小説を映画化したいという話があったら、お任せで好きにしてくださいという感覚で。自分の意思がどうこうということはないです。
─また、ブックショートの公募テーマは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー」です。簡単に言えば「二次創作」なのですが、特定の先行作品をもとに新しい作品を書くことについて、なにかお考えがあれば教えてください。
僕に限らずどんな作家でも、完全にオリジナルの物語なんて書けないわけです。意識するにせよしないにせよ、どこかしら、先達たちの作品を、自分の中で咀嚼して、それを引っ張り出して書いているところがある。そういう意味では、あらゆるものが二次創作だと言えるでしょう。つまり、小説を書くということは、過去の物語をどう時代に合わせて変容させていくか、とか、自分の好みをどう加味して、作り変えていくか、という作業だと思う。だから、二次創作というのは、一つの正しいあり方なのではないでしょうか。
─最後に、小説家を志している方にメッセージをいただけますでしょうか。
いい小説家になるために、ただ一つだけ必要なことがあります。それは、先達たちの作品をとにかくたくさん読むこと。それしかないです。そうすることで、自分のなかにいっぱい引き出しが増えていく。小説をたくさん読んでいない人は、絶対にいい小説家にはなれません。人生で一本くらいはそこそこの小説を書けたとしても、プロとしてはやっていけない。これだけは断言できると思います。とにかく、書く前に読め。読んで読んで読みまくれ、という感じです。
─ありがとうございました。
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