住野よる
高校時代より執筆活動を開始。
デビュー作『君の膵臓をたべたい』がベストセラーとなり、2016年の本屋大賞第2位にランクイン。
他の著書に『また、同じ夢を見ていた』『よるのばけもの』『か「」く「」し「」ご「」と「』。
『青くて痛くて脆い』住野よる(KADOKAWA 2018年3月2日)
人に不用意に近づきすぎないことを信条にしていた大学一年の春、僕は秋好寿乃に出会った。空気の読めない発言を連発し、周囲から浮いていて、けれど誰よりも純粋だった彼女。秋好の理想と情熱に感化され、僕たちは二人で「モアイ」という秘密結社を結成した。それから3年。あのとき将来の夢を語り合った秋好はもういない。僕の心には、彼女がついた嘘が棘のように刺さっていた。
─新刊『青くて痛くて脆い』楽しく拝読させていただきました。大学生を主人公としたこの物語はどのような着想から生まれたのでしょうか?
編集担当さんから突然、何の前触れもなく、「二人きりの秘密結社が見たい」というお話をいただいたんです。最初は本当に、どういうことだろう? と思ったんですけど(笑)、そこから、じゃあその二人きりの秘密結社が何をしているのか、とか、目的は何なのか、といったことを考えていくなかで、「誰かの嘘を本当にする」ために活動していたら素敵なのではないかなという話になって。そうすると、タイムリミットを設定した方がいいよね、ということで、もっとも時間に余裕のある、就活が終わってから卒業するまでの時期の大学生を主人公にしようと決めました。
─なるほど。
それで、打ち合わせを重ねていくうちに、実は担当さんのお一人が、大学のいわゆる「意識高い系」サークルのメンバーだということがわかったんです。「知の創造的摩擦」という言葉をテーマに、東大生たちに自主的なキャリア選択を促すために活動する「東大ドリームネット」という団体です。僕は初めて聞いた時、なにを言っているんだろう? と思って(笑)。自分は大学時代、そういう意識高い系団体にたいしてどこか穿った目線を向けていたところがありましたから。ただ、実際に内部の話を聞いてみると想像とはだいぶ違っていて、真剣にやっていて面白かった。じゃあそれを、秘密結社の活動に当てはめてみよう、と。そうやって骨格ができていきました。
─担当さんの実体験をもとに、作中の秘密結社「モアイ」が生まれたわけですね。
そうですね。モアイが主催している交流会などの活動は、完全に東大ドリームネットを参考にしています。あと、団体がどれくらいのスピードで大きくなっていくのか、とか、団体がどんなことをされたら危ないのか、といった話も、担当さんから聞いて書いていきました。これまでの僕の作品はすべて、自分一人で書いて、担当さんから感想をもらって少し手を加えるという進め方だったので、そうやって一から担当さんたちと話し合って書いていくのは今回初めての試みでした。
─いままでと書き方が変わっていかがでしたか?
非常に難しかったです。僕は小説を書くときにはいつも、言わせたいセリフや描きたいシーン等をチェックポイントのように事前に設定しておいて、そこを物語としてどう通過するか考えながら進めていくのですが、担当さんたちが加わったことによって、人が置いたチェックポイントも通らなければいけないことになりましたから。去年一年間は相当辛かったので、書き終わったときにはとても嬉しかったです(笑)。
─担当編集者の方とお話しされるなかで印象的だったことはありますか?
一番印象的だったのは、担当さんとの打ち合わせの際、自分の過去の経験をお話ししてくれたときに辛すぎたのか担当さんが泣き出してしまったことです(笑)。夜中の3時くらいに(笑)。おそらくそのとき伺ったエピソードは、作中のどこかで使われているかと思います。
─すごい打ち合わせですね(笑)。人物像についても、担当編集者の方や東大ドリームネットを参考にされたのですか?
そうですね。僕はわりといつも、「こういう話にしたいから、こういうキャラクターがいる」という風に、目的に合わせて人物像を作っていくのですが、今回は、担当さんから聞いた東大ドリームネットのメンバーを参考にして書いたところもあります。たとえば、「胸を強調するような鞄を肩にかけている子がいた」というエピソードを聞いて、じゃあ、秋吉にそういう無邪気にあざとい仕草をさせてみよう、といったように。
─では、主人公の男子大学生楓はいかがでしょう? 物語の冒頭で書かれているように、彼の人生のテーマは「人に不用意に近づきすぎないことと、誰かの意見に反する意見を出来るだけ口に出さないこと」。『君の膵臓をたべたい』の主人公の生き方に似た部分もあるように感じました。
うじうじした男の子を書くのが単純に好き(笑)という理由もあったり、教室の真ん中で騒いでいるタイプではない子たちの心中を描いてあげたいなと思うことがあるんです。あと、おとなしい男の子と、元気な女の子の関係性も好きですね。
─楓は、まさに、元気な女の子である寿乃と巡り会います。『君の膵臓をたべたい』では、主人公の男の子と桜良が病院で出会ったことについて、桜良が、「偶然じゃない。私達は、皆自分で選んでここに来たの」と言っていましたが、今回、楓と寿乃は大学の教室でたまたま隣あったことがきっかけで関係を築いていきました。これもやはり偶然ではなかったのでしょうか?
寿乃が授業中に最初の痛い発言をしたとき、彼女の周りにはたぶん、楓以外の人も座っていました。だけど、寿乃は楓に声をかけた。そこにはちゃんと彼女なりの理由があったような気がします。それは、楓が寿乃の方をチラチラ気にして見ていたからとか、彼が周囲とは違って彼女を馬鹿にしたような感じではなかったからということかもしれませんが、いずれにせよ、ただの偶然ではなかったのだと思います。あとは、人って、道を尋ねるとき、まったく無意識のところで、自分よりもコミュニケーション能力が下だと見なした相手を選んでいるらしいという話を耳にしたことがあって。おそらく、楓はそう思われがちで、人から話しかけられやすい人物なのでしょう(笑)。
─楓と寿乃の親しくも、恋人ではない関係がいいなと思いました。住野さんの作品ではこれまでも、そうした男女が描かれていたかと思いますが、そうした関係を書くことについてお考えがあれば教えてください。
男女の関係性って、恋愛が終着点だと思われていることが多いですけど、僕はそうじゃないよなと感じていて。友情も含めてですけど、それ以外にもいろいろな関係性が当然存在するわけですよね。そういうもっといびつでぐちゃっとした部分を書くのが、僕は面白いなと思っているんです。
─まさに今回の楓と寿乃の関係性もぐちゃっとしましたね。楓が、自分の正しさを押し付ける行為は独善的な暴走とも言え、痛々しかったです。こうした楓の行動についてはいかがでしょう?
最初から、主人公を「ただの良い奴」にしないということは決めていました。実は、この作品を書き始める前後の時期と、『君の膵臓をたべたい』が注目されはじめた時期は重なっているんです。僕はその頃から、読者さんたちのなかで、『膵臓』の主人公が美化され過ぎているなと感じていて……。『膵臓』の主人公は、全然良い奴じゃなくて、桜良がいたからちょっとまともになっただけなのに。そうした思いを、楓を通してよりくっきりした形で出したかったんです。
─楓が敵視していたモアイのリア充的な人物テンが実はいい奴だったというところが、楓の危うさを引き立てているとも感じました。
ありがとうございます。自分も楓のように、クラスの中心で目立っている奴らなんてどうせつまんない、と思っていたところもあったんですけど(笑)、その人たちだって、ちゃんと関わってみれば当然、悪い人ばかりではありませんよね。テンを書くことでそういうことを表現したかったんです。
─さきほど内向的な男の子を書くのが好きとおっしゃっていましたが、そういう子も丁寧に書いてあげているわけですね。
内向的な人たちを書きたいといっても、その子たちを美化したいわけではありません。僕は、『君の膵臓をたべたい』から『青くて痛くて脆い』までの5作を通してずっと、「悪いところを持っていたとしても、人は変われるはずだ」というメッセージを書いているような気がするんです。僕もわりと内向的な方なので、自分自身に言い聞かせているようなところもあるのかもしれませんが、自分に似た内向的な人たちにも、そういうことを伝えたいのだと思います。
─ご自身は変わりたいんですか?
そうですね。自分に嫌でしょうがないところがあるので、それがなくなればいいのになって思うんですけど、なかなか変われないんですよね……。
─嫌なところを聞いてもいいですか?
わりとキャラクターたちの駄目な部分が、僕の駄目なところと重なっていたりします。たとえば楓の、とにかく人のせいにしまくるところだったり(笑)、「また、同じ夢を見ていた」の奈ノ花の、自分以外の人たちは面白くないって決めてかかってしまうところだったり……すごく嫌だなって。
─ご自身を投影している部分がかなりあるんですね。
キャラクターたちの良いところは、まったく僕にはありませんけどね(笑)。彼らを作品のなかで成長させることで、自分も成長していけたらいいなと願っているのかもしれません。
─『青くて痛くて脆い』の理想と現実の折り合いのつけ方についての話も面白かったです。
大学生くらいの頃から、思いの強さだけでは叶わないことがあるって明確に気づきはじめるなと思って。そして、それは、自分自身がいまでも感じ続けていることでもあります。実際、去年は、僕が理想と現実の間で悩み続けた一年でした。楓のモアイにたいする感情と重なるかもしれませんが、僕はもうこれ以上『膵臓』は売れなくていい、と思っていたのに、映像化されたり文庫化されていくなかで、最初は僕のものだった『膵臓』が、自分の手の届かないところにまで広がっていってしまって……。勝手に一人歩きさせられた『膵臓』は、もう疲れてしまったのではないかと感じたんです。もちろん、僕の考えをいろいろな人に押し付けることだけがいいことではないことも承知しています。でも、やっぱり難しいところもあって……。いまだに理想と現実の折り合いをつけられていないからこそ、僕は『青くて痛くて脆い』を書いたのだと思います。
─どういうことでしょう?
『青くて痛くて脆い』は、無造作に批判されることにも、いろんな媒体に使われることにも『膵臓』が疲れてしまったんじゃないかなと思って、僕がとどめを刺してあげようと書いた作品なんです。もういいから休んで、という思いで。それが担当さんが書いた「青春が終わる」という帯文にも繋がっているのでしょうし、導入部が少し『膵臓』に似ていると言われたりするのも、そんな理由からかもしれません。『膵臓』と、いままで『膵臓』で有名だった「住野よる」を殺すつもりで書きましたから。それと、後から気づいたんですけど、楓という名前の花言葉は、「美しい思い出」だったので、それもぴったりだったなって(笑)。
─そうだったんですね。すごいお話をありがとうございます。さて、話題が変わりますが、私たちブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー(1,000〜10,000文字)」を公募する企画です。特定の先行作品をもとに新しい作品を書くことについて、お考えがあれば教えてください。
自分の好きなものを土台にして書くのは、単純に楽しいだろうなと思います。僕は、先行作品をなぞることはしたことがありませんが、実は、『また、同じ夢を見ていた』は、「クレヨンしんちゃん」に影響されているところがあるんです。無邪気そうでいて、でも、ちゃんと考えていて、大人を震えさせるような一言をズバッと言うような人物は、「クレヨンしんちゃん」や「ピーナッツ」を読んでいなければきっと書けなかった。あと、「よるのばけもの」に出てくるさつきの「〜派?〜派?」という口癖も、「クレヨンしんちゃん」のオマージュです。しんちゃんって、きれいなお姉さんにたいして、「担々麺は白胡麻派?黒胡麻派?」とかって聞くんですよね。そういうのは好きです(笑)。僕としては、一つのジャンルに縛られたくないので、今後機会があればやってみても面白いだろうなと思います。
─それでは最後に、小説家を志している方にメッセージいただけますでしょうか。
自分の書いた作品を、誰かに面白くないと言われたり、コンテストで落とされたりしたとしても、ほかの誰かが面白いと思ってくれるかもしれないから、書くことが好きなら書き続けたらいいんじゃないかなと思います。そうしたら、いつかいいことがあるかもしれないですから。
─住野さんはネットから人気に火がつきましたよね。
そうですね。インターネットでは、すべての創作者にチャンスが与えられています。たとえば、すべての人類が小説を書いて、すべての人類がそれ全部を読んだとしら、誰にも好かれないものは一つもないような気がするんですよね。紙媒体しかなかったら、その誰かに見つけてもらうことすら難しいですが、インターネットならば、多くの人と関わることができるので、チャンスは広がります。なにかを作ったり、なにかを見てほしい人にとっては、本当にいい時代だと思います。
─住野さんご自身が、「小説家になろう」で「見つけてもらった」と感じたのはいつだったのでしょうか?
一つ目の感想をつけていただいた瞬間はいまでも覚えています。僕はそれまで、自分の書いた小説を周囲の人に読んでもらったりしていなくて、新人賞に投稿して一次審査で落とされ続けてきたんですけど、そのとき初めて、誰かが自分の作品を読んで面白いと言ってくれた喜びを感じました。だから、もし小説が好きで、小説家になりたいのであれば、ぜひ、人に見せることを続けていくのがいいのではないかと思います。
─ありがとうございました。
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