島田雅彦(しまだ・まさひこ)
1961年、東京都生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒業、1983年「優しいサヨクのための嬉遊曲」でデビュー。「夢遊王国のための音楽」で野間文芸新人賞、「彼岸先生」で泉鏡花文学賞、「退廃姉妹」で伊藤整文学賞、「カオスの娘」で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。他の作品に「天国が降ってくる」、無限カノン三部作、「悪貨」、「傾国子女」「ニッチを探して」「往生際の悪い奴」など多数。芥川賞選考委員。
『暗黒寓話集』島田雅彦(文藝春秋 2014年11月28日)
世の中は誰かが金持ちになれば、別の誰かが貧乏になるようにできている……。
「アイアン・ファミリー」「死都東京」「夢眠谷の秘密」「透明人間の夢」「名誉死民」「南武すたいる」「神の見えざる手」「CAの受難」……
啓示に満ちた8つの短篇を収録。
─新刊『暗黒寓話集』の出版おめでとうございます。収録されている8つの寓話はいずれも心に何か引っかかりを残す作品だと感じ、一話読み終えるごとに不思議な余韻を味わうことができました。まずは、それらの作品を束ねるタイトルについてお伺いしたいと思います。『暗黒寓話集』の“暗黒”という言葉はどのような意図で付けられたのでしょうか。
寓話はこれ全て暗黒です。救いや教訓やハッピーエンドなどは、たいていの場合、後から付け足されたものです。あまりに残酷かつダークで、子どもの教育上よろしくないなどと余計なおせっかいをする人の介入がない寓話は、実際、理解に苦しむものが多いです。そのいい例が、グリム童話です。神話の世界のナンセンスを引き継いだ寓話、民話には自然や人間の理不尽さが生のままさらけ出されており、それは現代人にとっても、考えるヒントを与えてくれます。
世界は私たちが考える以上に複雑怪奇であるにもかかわらず、巷にあふれているのはわかりやすくて、いいことずくめの物語ばかりです。物語は本来、現実から目をそらすためにあるわけではないのです。むしろ、過酷で、理不尽な現実のたとえとして、作られるべきものなのです。その意味で、暗黒でない寓話、物語は全部嘘です。
─拝読して印象的だった文章が、「負のエネルギーを(ここではない別の場所に)逃がしてやりたいと思うのは、住民のエゴだろうか?」(『夢眠谷の秘密』)、「世の中は誰かが金持ちになれば、別の誰かが貧乏になるようにできている」(『神の見えざる手』)でした。どちらも“あちらを立てればこちらが立たず”というか、世の中(資本主義)における分配の不条理を思い浮かべました。このようなテーマで作品を執筆された思いを教えてください。
景気が上向きになったといっても、それを実感できる人はごく一握りに過ぎません。株価が上がって得をするのは株を持っている人だけだし、円が下がって得をするのは輸出業者だけです。実際、多くの市民の生活は困窮しているのに景気は上向きだというのは、まさに資本主義の不条理です。
政治も経済も一種の詐欺です。説得力のある理屈と数字で有権者や消費者を巧みに騙しているのです。しかし、それをいったところで、騙される方も悪いと返されるのが落ちです。社会から不平等が消えることはありませんが、それを是正したり、不愉快な思いをした人々が復讐したりすることはできます。また、繁栄を謳歌していた一部の人や企業、あるいは国家が今後も繁栄を享受できる保証は何処にもありません。「奢れるものは久しからず」と平家物語に書かれてある通りです。日本が没落し、中国やインドが勃興するのは歴史の趨勢だから、仕方ありません。しかし、没落しても滅亡しない知恵は必要です。近頃、私が追求しているテーマはそこにあります。
─作品集の「はじめに」で島田さんは、“不愉快な現実をとっとと受け入れてもっとひどい現実への心構えをするべきなのである。”とおっしゃっています。それは、収録作品『夢眠谷の秘密』での“私”の“ボランティア活動”や、『死都東京』の“オレ”の生き返った後の思いに象徴されていると感じました。不条理を受容した先にあるのはどのようなことだとお考えでしょうか。
不条理、不平等、不愉快なことだらけの日常を生きるのは誰にとっても辛いですが、自暴自棄になっても、結局は自分だけが滅びることになってしまいます。今の不愉快を忘れるには、もっと不愉快な思いをするしかない、といえば、それは絶望的に聞こえますが、不条理への耐性を高めることにはなります。社会や世界を変えるのはそう簡単ではありませんが、自分を打たれ強くすることは比較的簡単です。また、自分が微力だとしても、何か行動を起こせば、その他大勢の微力を結集する糸口にはなります。
─島田さんは現在イタリアで『暗黒寓話集』に収録されている『死都東京』の短編映画を製作されているとお伺いしました。製作のきっかけや現在の進行状況について教えていただけますでしょうか。
大学から研究休暇をもらい、ヴェネチアに滞在していますが、普段通りに小説を書き、大学で講義をし、はしご酒をするだけでは、東京にいるのと変わりません。そこで何か、ここでしかできないことはないかと二ヶ月考えたあげく、辿り着いたのが、映画を作ることでした。九月にヴェネチア映画祭に招待されていた塚本晋也監督に触発されたところもあります。
目下、カ・フォスカリ大学の短編映画祭のスタッフの協力を得て、ヴェネチア市街での撮影が進行中です。
─今年からショートショート フィルムフェスティバルでは、「ブックショート」というショートフィルムやラジオ番組の原作となる短編小説を募る賞を設立しました。島田さんの著書『悪貨』はWOWOWで及川光博さん、黒木メイサさん主演でドラマ化されました。ご自身の作品が映像化されることについてどのようにお考えですか。また、出来上がった映像作品はご自身にとってどのようなものだと捉えていらっしゃいますでしょうか。
文字情報しかない小説の世界が、俳優の身体や具体的な場所の力、さらには演出、美術、音楽、放送の技術と知性が加味されるのですから、わくわくします。自分が見る夢にミッチーやメイサが現れ、私に何かいたずらをするという感覚です。このように自分が生み出した作品が他者の手によって、加工されると、文字通り、作品が一人歩きを始め、別の世界の扉が開いてくれるように感じます。
─ブックショートでは、昔話や民話などパブリックドメインの作品をモチーフにした(二次創作した)オリジナル短編小説を公募しています。島田さんの著書にも井原西鶴の『好色一代女』をモチーフにされた『傾国子女』があります。過去の名作を題材にした作品を書くことについてのお考えをお聞かせください。
また、現在取り組まれてらっしゃる西鶴の『好色一代男』の新訳についても教えてください。
古代ギリシャの傑作『オデュッセイヤー』も『オイディプス王』も神話の焼き直しです。どんな偉大な詩人も物語作者も先達が踏み跡をつけた道筋を踏襲します。しかし、生きている時代や場所が違うので、単純な反復にはなりません。テクノロジーは進歩していますが、私たちの脳も身体もここ二万年くらい変わっていないので、完全に新しい考えというのは現れようがないでしょう。新奇に見える考えも実は、昔からあったが、忘れられていたことが多いのです。
新たに刊行が始まった日本文学全集で現代語訳をつけている『好色一代男』も、現代にもこのようなふざけた男がいると思いながら、作業しています。
─最後に、小説家を志している方(ブックショートに応募しようと思っている方)にメッセージいただけましたら幸いです。
あなたの妄想はきっとこの淀んだ世の中に清涼な風を吹かせる。
─ありがとうございました。
*賞金100万円+ショートフィルム化「第5回ブックショートアワード」ご応募受付中*
*インタビューリスト*
馳星周さん(2019.1.31)
本谷有希子さん(2018.9.27)
上野歩さん(2018.5.31)
住野よるさん(2018.3.9)
小山田浩子さん(2018.3.2)
磯﨑憲一郎さん(2017.11.15)
藤野可織さん(2017.11.14)
はあちゅうさん(2017.9.22)
鴻上尚史さん(2017.8.31)
古川真人さん(2017.8.23)
小林エリカさん(2017.6.29)
海猫沢めろんさん(2017.6.26)
折原みとさん(2017.4.14)
大前粟生さん(2017.3.25)
川上弘美さん(2017.3.15)
松浦寿輝さん(2017.3.3)
恩田陸さん(2017.2.27)
小川洋子さん(2017.1.21)
犬童一心さん(2016.12.19)
米澤穂信さん(2016.11.28)
芳川泰久さん(2016.11.8)
トンミ・キンヌネンさん(2016.10.21)
綿矢りささん(2016.10.6)
吉田修一さん(2016.9.29)
辻原登さん(2016.9.20)
崔実さん(2016.8.9)
松波太郎さん(2016.8.2)
山田詠美さん(2016.6.21)
中村文則さん(2016.6.14)
鹿島田真希さん(2016.6.7)
木下古栗さん(2016.5.16)
島本理生さん(2016.4.20)
平野啓一郎さん(2016.4.19)
滝口悠生さん(2016.3.18)
西加奈子さん(2016.2.10)
白石一文さん(2016.1.18)
重松清さん(2015.12.28)
青木淳悟さん(2015.12.21)
長嶋有さん(2015.12.4)
星野智幸さん(2015.10.28)
朝井リョウさん(2015.10.26)
堀江敏幸さん(2015.10.7)
穂村弘さん(2015.10.2)
青山七恵さん(2015.9.8)
円城塔さん(2015.9.3)
町田康さん(2015.8.24)
いしいしんじさん(2015.8.5)
三浦しをんさん(2015.8.4)
上田岳弘さん(2015.7.22)
角野栄子さん(2015.7.13)
片岡義男さん(2015.6.29)
辻村深月さん(2015.6.17)
小野正嗣さん(2015.6.8)
前田司郎さん(2015.5.27)
山崎ナオコーラさん(2015.5.18)
奥泉光さん(2015.4.22)
古川日出男さん(2015.4.20)
高橋源一郎さん(2015.4.10)
東直子さん(2015.4.7)
いしわたり淳治さん(2015.3.23)
森見登美彦さん(2015.3.14)
西川美和さん(2015.3.4)
最果タヒさん(2015.2.25)
岸本佐知子さん(2015.2.6)
森博嗣さん(2015.1.24)
柴崎友香さん(2015.1.8)
阿刀田高さん(2014.12.25)
池澤夏樹さん(2014.12.6)
いとうせいこうさん(2014.11.27)
島田雅彦さん(2014.11.22)
有川浩さん(2014.11.5)
川村元気さん(2014.10.29)
梨木香歩さん(2014.10.23)
吉田篤弘さん(2014.10.1)
冲方丁さん(2014.9.22)
今日マチ子さん(2014.9.7)
中島京子さん(2014.8.26)
湊かなえさん(2014.7.18)