大前粟生(おおまえ・あお)
92年兵庫県生まれ。小説家。2016年、短編小説「彼女をバスタブにいれて燃やす」がGRANTA JAPAN with 早稲田文学公募プロジェクト最優秀作に選出されデビュー。「ユキの異常な体質 または僕はどれほどお金がほしいか」で第二回ブックショートアワード受賞。「文鳥」でat home AWARD大賞受賞。劇作を担当した舞台「ちょっと舌が長いだけで、トム・ハンクスにはかなわない」(象牙の空港)が17年中に上演予定。
『のけものどもの』大前粟生(惑星と口笛ブックス 2017年5月28日)
大前粟生はマッドな彗星です。2016年に「彼女をバスタブにいれて燃やす」が『GRANTA JAPAN with 早稲田文学』の公募プロジェクトの最優秀作に選ばれ、その後めざましい活躍を見せています。本書は初の作品集。小説の未来を大前粟生がつれてきてくれました。 表紙イラストはオートモアイ。
─新刊『のけものども』とても楽しく拝読させていただきました。まずは、この短編集を出すことになった経緯を教えてください。
去年の10月末に翻訳家で作家でミュージシャンで歌人で編集者さんの西崎憲さんと雑談していたとき、僕の作品のストックの話になったことがきっかけです。どれくらいあるの? と聞かれて、200個くらいありますと答えたら、ちょっと送ってみてよ、と。軽い感じだったので、僕も軽い感じで、40作品ほどそのなかから選んで送りました。そしたら、西崎さんが新しくはじめられる電子書籍レーベル〈惑星と口笛ブックス〉から短編集を出していただけることになって。
─短編集全体のテーマやコンセプトがあれば教えてください。
自然体で書いたものを集めました。奇想と笑いとたべることというか、ふだん妄想していることを貼り付けたような22作品です。
─「ねぇ、神様」は、星新一の傑作ショートショート「おーい、でてこーい」を想起させました。
そうですね。星新一にも穴にばんばん捨てるお話あったなーと書きながら思いました。「穴」ってすごいですよね。なんなんですかね。「変身」と同じくらい文学あるあるなモチーフですよね。これまでたくさんの作家が書いてきたし、今まさに世界中で多くの人が書いているところですよね、きっと。だから、「穴」とか「変身」とかありきたりなテーマのものを自分が書いて、発表になるのはちょっと緊張します。自分はあるあるに対してちょっとでも批評的であれただろうか、小説というものの自閉を促進させてしまっていないだろうか、って。
─この作品はどんなところから着想を得たのですか?
リップクリームがきっかけですね。リップクリームをすぐ失くしちゃうんですよ。リップクリームがないとただでさえつらい日常が余計につらくて。なので、リップクリームいつもありがとう、って、感謝の気持ちを込めて(笑)。「ねぇ、神さま」はリップクリームのくだりから膨らんでいきました。
─「ねぇ、神様」は、人称がかなり大胆に展開されていくところが面白かったです。読者を指す「あなた」という二人称も使っていましたね。
そこは、僕の癖なのかもしれません。「読まれている」ということにどうコミットできるかなあといつも頭のどこかでは考えていて、この作品では語り手が、「あなた」と書いた文脈のなかでボケることで、語り手がツッコむ代わりに読む人がツッコんでくれる、ということが起こるんじゃないか、それってコミュニケーションかも、と思って。
─<この前まで頭のなかであんなに鮮やかに描けていた神さまが、いまなにをしているのかわからない>という一文によって、それまでの混沌としていた世界が、一気に語り手の頭の中に収束するようで、とてもいいなと思いました。
そこは、「ねぇ、神さま」の物語っぽくなさと物語っぽさのバランスを調整する文章のひとつだと思っています。関節として滑らかだけど存在感のある文章になったらいいなあと思って書いたので、注目してくださってうれしいです。
─「不安」は、逆に、最初から妄想から広がる世界ということが示されています。「不安」はどのように生まれたのですか?
僕の書く小説はだいたい自分が実際に経験した出来事がきっかけになっています。このお話は、おととし、「グランタ・ジャパン」公募プロジェクトに応募していたときに、原稿を郵便局に出しに行って家に帰るまでの間に僕が感じた不安をもとに書きました。作品の冒頭にも書いたように、「ちゃんと住所を書けているかな」とか「原稿入れ忘れてないかな」とか不安が頭の中でループしてたんです。そこから、実際に封筒に入れたものが原稿ではなくて他のものだったら面白いなと考え、作品では避妊具を……。
─「不安」をはじめ大前さんの作品世界には、読者の知らないルールが存在し、いつの間にかそれを読者が受け入れていくパターンがあるかと思います。「不安」では、人々がヤギに乗って移動するという設定がありました。
短いものであれば、思い浮かんだことをとりあえず書いて、あとでそれを回収するという書き方をすることが多いので、自分自身でも、ああこれはそういう世界なんか、なんやそれ、と思いながら書いています。それで、ヤギは自転車ですね。僕は京都市に住んでるんですけど自転車が多くて、郵便局からの帰りに自転車となにかあったのかもしれないですね。作中に原稿が出てくるのですが、原稿のカウンターとして紙をたべるヤギを出すのは避妊具とかと同じ早いタイミングで決めていて、ふつうのヤギが出しにくかったのでじゃあヤギを自転車っぽくしようかなって。
─<試しに、その女の自宅の冷蔵庫を開けてみると>という場面も印象的でした。語り手が自由自在に動きます。
たぶんそこでひとつの連想に区切りがついたんだと思います。その前までの場面を一回の意識で一気に書いて、そこから先は、先走っていく意識に乗らないようにというか、自分を牽制するように書いた気がします。
─<手のなかには封筒の形をした不安が残っている>という一文もとてもよかったです。
ありがとうございます。そこは自分でも気に入っている一文です。
─「なんでも逆手に持って強そうな男」は、漫画『HUNTER×HUNTER』っぽかったですね。
『HUNTER×HUNTER』は頭にありました。なんでも逆手に持って強そうな男が、磔風呂に入っている男について、あいつはかつて新人を叩きのめすことに熱中していたと語る場面があります。そこは『HUNTER×HUNTER』のハンター試験に出てくるトンパという男を意識しています。試験の常連で、新人つぶしを生きがいにしている人物です。トンパが最初にあったわけではなくて、お話を書いていくうちに、ああ、なんかどうも試験っぽいぞとなって、ハンター試験が浮かんできてという感じですね。
─先ほど、ご自身の体験をもとに物語が生まれることが多いとおっしゃっていましたが、「なんでも逆手に持って強そうな男」の場合はどうだったのでしょうか?
えっと…僕が自宅でご飯を作っているときに、なんとなく包丁を逆手に持ってみたら、うわめっちゃ強そうだなって(笑)。逆手かっこいいなあって感心している内に浮かんできました。
─すごいきっかけですね(笑)。
包丁を持つ瞬間って、身体が延長される瞬間でもあるので、アイデアとか浮かびやすい気はしますね。あと、「なんでも逆手に持って強そうな男」で冒頭で主人公がセーターを脱ぐのに手こずる場面をちょっとだけ書いているんですけど、これはアルゼンチンの作家 フリオ・コルタサルの「誰も悪くない」という掌編へのオマージュです。「誰も悪くない」は、男がセーターをなかなか着られないという作品です。アメリカのレイ・ヴクサヴィッチという作家も「セーター」という掌編でコルタサルの作品を彷彿とさせる、セーターがなかなか着られない男の話を書いています。僕、コルタサルが好きで、文学ムック『たべるのがおそい』に発表した「回転草」という短編にもコルタサルの名前を出しているんですが、ヴクサヴィッチの「セーター」を読んだときに、えー、なんなの、コルタサルと仲良しみたいでいいなあ、って、すごいうらやましくて……なんか、興奮しちゃって……自分もやろうと。
─「ホットケーキ」も面白かったです。
これは、収録作のなかで一番昔に書いた作品だと思います。一時期、アメリカの作家バリー・ユアグローの超短編のような、変で、かつほとんど映像みたいな作品を書けるようになりたいなあ、と訓練してた時期がありました。脳みそから指がにょきにょき生えてきて、脳内の映像が養分として指先に吸い取られタイピングされていく、みたいなイメージでたくさん書いてました。「ホットケーキ」はそうやっていくなかでできた話です。
─ストーリーとしてもよくまとまっていると思いました。
映画「マッドマックス 怒りのデス・ロード」を観たときに、とりあえずどこかに行って帰ってきたらストーリーになるんだなって気づきました。
─「情熱大陸」は、有名なTV番組を擬人化したような作品でした。
「情熱大陸」があるのなら、「情熱じゃない大陸」があってもいいよなと思って。「なんでも逆手に持って強そうな男」もそういった感じで、言葉を字義通りに解釈して、ダジャレ的なアイテムから作品を組み立てていくことも多いですね。
─「生きものアレルギー」は比較的長い作品(約二万文字)です。
これもきっかけはしょうもなくて、僕が家で紙袋を被ってみたところからはじまった作品です。
─……なんで被ったんですか?
あったからですね。えーと、猫がいたら触るじゃないですか。それと同じです。紙袋被ったら、うわー、すごい落ち着くー、となって(笑)。
書いた後に知ったんですけど、さっきお話ししたレイ・ヴクサヴィッチも紙袋を被る話を書いています。僕の偏見かもしれないんですけど、奇想的とかいわれる短編を書く作家(僕も含めてみます)は紙袋とかそういうちょっとした日常のアイテムを物語の核にして使いがちかもなあと思います。
─アンテナに引っかかるものが。
はい、なんだか。短編という形式がそうさせている部分はもちろん大きいのでしょうけど。そういうのを書く人は心配性なのかなあと思います。抗うことのできないなにか大きなものに抗おうとがんばっているのに、外から見ているとそれってユーモアじゃん、ってなってしまう。レイ・ヴクサヴィッチの短編は、紙袋を被ることで何も見えないのだから、いま起きている危機を認識することはできない、つまり存在していないことになるぞ、というようなお話でした。『月の部屋で会いましょう』(岸本佐知子・市田泉訳 東京創元社)に収録されています。大好きです。
─そのほかに、短編集なかで特にお気に入りの作品はありますか?
「お花」ですかね。僕はふだん海外文学ばかり読んでいるんですけど、「お花」は、少し自分のなかの日本文学のイメージに寄せようとしたかなあと思っています。
─日本文学というのは、私小説的な意味で?
そうかもしれないです。いや、どうなんですかね。僕が日本の近代文学に抱いている偏見なんですけど、なんかじめじめしてる感じです。
─では、最後に、ブックショートに応募しようと思っている方にメッセージをいただけますでしょうか。
ブックショートっておもしろい作品を書ける方が多いですよね。ブックショートへの応募や小説を書きはじめた当初ほど一作一作のあいだに上達が実感できなくて、毎月の優秀作に選ばれてもどこか消化不良感が否めない、といった方もいるんじゃないかと思います。「二次創作をしているぞ」とはあまり考えない方がいいかもしれないです。二次創作をしているけれど、オリジナルを書いている感覚といいますか、題材に着想を得たオリジナルを書いている、みたいな。たとえばゾンビ映画業界は、共有されてきたゾンビを踏まえながらも、ゾンビをアップデートしようとがんばってはりますよね。そういう感じで、フィクションをもっと楽しくしたくてフィクションを作ろうとすれば、昔話や童話などの内容やお決まりのパターンなど、多くの人に共有されているイメージ、認識をもろに利用できるという、二次創作の強みが爆発するかもしれない、です。
─ありがとうございました。
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