『父をたずねて三十里』
森水陽一郎
(『クオーレ』)
幼いころに失踪した父が、猫泥棒をして捕まっていたことをインターネットの記事で私は知る。彼の住まいをたずねるが、すでに借家を引き払い、父は「終末の日々」をすごしている。彼がなぜ、自分と同じ名を息子につけようとしたのか、野良猫ばかりを盗んでいたのか、対話によってひもとかれていく。
『携帯電話』
浴衣なべ
(『檸檬』)
小学生の頃、イジメに遭っていた友人を助けることが出来なかった私は、ずっとそのことを後悔していた。大人になり高校の先生になった私は、受け持った教室の中でまたもやイジメ行われていることに気がつく。私は携帯電話で119通報し、学校を混乱させることで過去の清算を行おうとした。
『血の池地獄でレッツポールダンス』
風見がいこつ
(『蜘蛛の糸』)
お釈迦様が極楽から地獄を見おろすと、神田多恵という女が苦しんでいる。ポールダンサーの彼女はファンを使い捨てして惨殺されたが、生前ホームレスにダンスをタダで見せた善行に対し、お釈迦様は1本のポールを差し出した。踊る喜びを取り戻した多恵は極楽まであっさり上り詰め、お釈迦様もびっくり。
『わたしの羽衣』
ツキシタ
(『天の羽衣』)
認知症が進む義母との同居。私は決して義母と仲がいいわけではなかった。そんな義母がある日突然、美しい着物を贈ってくれた。そこに込められた、彼女の思いに気づいたのは後になってからだった。
『空腹の君と僕に』
小松波瑠
(『牛方と山んば』)
雨宿りをしていたら、お腹を空かせたヤマンバ(ギャル)に遭遇してしまった。彼女のお腹は鳴り続ける。可哀想なので、ポケットに入っていたチョコレートを渡した。そんな少しの優しさを見せてしまったことで、僕はヤマンバに付き纏われてしまう。
『柱の傷は、』
宮沢早紀
(『背くらべ』)
正月におじさんが住むいなかの家に行き「はしらのきず」をやることは、初詣でおみくじを引くのと同じくらいボクには当たり前のものだった。けれども、その当たり前がなくなってしまうように感じるできごとがあり、ボクは急き立てられるようにして「はしらのきず」を残すのだった。
『消えない』
草間小鳥子
(『生まれ変わりのしるし』)
「私は、叩かない」。そう誓った菜穂が生まれたばかりのカナを叩いた時から、三日月型のあざと手のひらの痺れは消えない。許されなくても、救われる日は、いつか来るのだろうか。