西加奈子
1977年テヘラン生まれ。2004年『あおい』(小学館)でデビュー。2007年『通天閣』(筑摩書房)で第24回織田作之助賞、2013年『ふくわらい』(朝日新聞出版社)で第1回河合隼雄物語賞、2015年『サラバ!』(小学館)で第152回直木賞受賞。
『まく子』西加奈子(福音館書店 2016年2月25日)
小さな温泉街にやってきた一人の少女。彼女には、秘密があった。信じること、与えること、受け入れること、変わっていくこと……。これは、誰しもに訪れる「奇跡」の物語。
─新刊『まく子』とても楽しく拝読させていただきました。『サラバ!』の一行目「僕はこの世界に、左足から登場した。」も素敵でしたが、今回の「まくことが好きなのは、男だけだと思っていた。」という書き出しにも一気に引き込まれました。この一文はどのように生まれたのでしょうか。
2012年頃、最初に小学生の男の子の話を書こうと決めた時点で、「まく子」というタイトルも、「まくことが好きなのは、男だけだと思っていた。」という書き出しも浮かんでいました。どうしてかと聞かれると難しくて、後付けになってしまうんですけど、もともと、「男の人たちはビールかけやシャンパンファイトをやるのに、女の人がやるのを見たことないな。でも、実はきっと女の人もやりたいんちゃうかな」と漠然と思っていたところはあります。今はこうやって言語化していますが、言語化するまでもなくぼんやりと考えていたことが出てきたのかもしれませんね。
─『まく子』を書き始めたのは2012年頃。かなり前だったんですね。
当初は、小学生でも読めるような作品にしたいなという思いがあったんです。だけど、「なんか違うな」という感じで、なかなか書き進められませんでした。もちろん一生懸命書いてはいたんですけど、子供に向けた「下投げ」みたいな感覚になってしまって。しかもその時期は、作家10周年の作品として2014年に『サラバ!』(小学館)を絶対に出版しなければいけないという別の制約もありました。だから、『まく子』はしばらくお休みして『サラバ!』に集中していたんです。そして、『サラバ!』を書き上げた後、空っぽになった自分の創作の泉が貯まるまで待って、久々に『まく子』に向き合いました。
─そうだったんですね。
そうしたら、色々と思うことがあったんですね。初めは子供向けに「成長」や「死」、「永遠」について書こうと考えていましたけど、死ぬのが怖いのは小学生だけでなく大人である私も怖いとか、身体の変化への怖れも、大人の場合は成長ではなく老化だけどそれも怖いとか。永遠についても、例えば、私たちは土の上で死んだら土に混ざっていきますけど、そうやって混ざらないものを人間は作り出していますよね。プラスチックとか放射能とか……。それは、実はすごく怖いことだし傲慢なんじゃないかと感じたんです。『まく子』に再び向き合ったとき、そういう思いが一気に出てきたので、もう子供向けということではなくて、自分が疑問に思っていることを素直に書こうと思いました。それで、主人公の慧くんと寄り添っていったらすごく書けたんです。
─「永遠」についてのお話が出ましたが、物語に出てくる「小さな永遠を、大きな永遠に変える」という言葉がとても印象的でした。それは慧くんの「いずれ死ぬのにどうして成長させられなければならないんだろう」という問いへの一つの回答だったような気がします。
「小さな永遠」や「大きな永遠」というのは、本当に書きながら出てきた言葉でした。それが唯一の答えではないと思うんですけど、『まく子』という物語の中での答えではあるんですね。「小さな永遠」というのは「心の狭さ」とか「傲慢な永遠」という言い方もできると思います。私はそれを、世界が流れていくような「大きな永遠」に変えたい。そう思わないと怖いんです。永遠ってすごく怖い。私は死ぬことにずっと恐怖を感じているんですけど、それは、死ぬ瞬間が怖いわけではなくて、永遠に死に続けるということが怖いんです。そういう自分が感じている怖さを払拭したくて、『まく子』では「ぼくはみんなだ」と書きました。つまり、「私は永遠に死に続ける」のではなくて、「私がみんなになって流れていく」。そういう大きな川のようなものだと捉えたら「永遠」も怖くなくなると思ったんですね。
─「ぼくはみんなだ」という言葉は、「誰かを傷つけたら、それはほとんどぼくを傷つけているのと同じことだ」という、慧くんが最後にたどり着いた考えにも繋がっていると感じました。
「ぼくはみんなだ」ということを意識するからこそ、「みんなだった自分」が「今の自分」であることが、自分が今ここにいることが、奇跡だと感じられますよね。それは自分を大切にすることにも繋がる考えだろうなと思います。それで、『まく子』を書く前の私は、「どうして他人をいじめたり傷つけたらいけないの?」と子供に聞かれたとしても、きっと答えられなかったと思います。私は『まく子』を書きながらその問いの答えを慧くんと一緒に一生懸命考えました。考えて考えて、考え抜いた末、その問いに対する自分にとって一番納得できる答えが、「誰かを傷つけることは、ほとんど自分を傷つけるのと同じだから」でした。だって、「ぼくはみんなだ」から。
─なるほど。物語の冒頭で慧くんが、コズエに対して「(自分は)変じゃねぇよ。」と腹を立てた場面がありましたが、最後には、「みんな、変なんだ。」という考え方に変わりましたね。
私にとって「全員が変」というのは、すごく安心できる考え方なんです。例えば、『まく子』には、慧くんが金玉の悩みをお父さんに打ち明ける場面がありますよね。父親の立場だったらそういう時、「変じゃないよ。」って言いがちだと思います。でも、慧くんのお父さんは、「変だよ。でも、父ちゃんの金玉も変だし、みんな変なんだよ。」と言った。私は、そう言ってもらえた方がすごく楽になるだろうなって思うんです。自分が変だったらみんなも変だし、変じゃない人なんていないって。それは、これまでの作品でも一貫して書いてきたことですね。
─転入生ソラに対する慧くんの態度はとても温かいものでした。
ソラちゃんが出てきてくれて本当に良かったと思っています。「おかしいことをおかしいと思わなくなる」「普通のことをおかしいと思えるようになる」「全部変だし、全部変じゃないと気づけた」という慧くんのいい意味での変化を体現してくれたのがソラちゃんです。昔の慧くんだったら、ソラちゃんの「告白」にもっとびっくりしていたでしょう。でも、あんな風に全部受け止められるようになっていましたよね。
─あまり言うとネタバレになってしまいますけど、ソラちゃんの外見に対するみんなの「甘くないか?」という心の声には笑ってしまいました。
ああいう見かけの子ってけっこういますよね(笑)。“それ”が結局勘違いだったと気付いてからも、慧くんがちゃんと「自分も変だし、ソラちゃんも変」という風に接することができたらいいなと思っていました。
そして、最後に子供たちがソラちゃんについて話し合いますよね。あの場面こそ書きたかったところで、子供に限らず、私たちもそうでありたいなという願いを込めています。私はこれまでずっと、多数決を当たり前のことだと思っていました。だけど、多数決は、たった一人の差でも少数派の意見がなかったことにされてしまう仕組みです。よく考えてみると実は怖い。でも、じゃあ多数決以外の解決策って何かと考えると、それは、話し合い続ける、考え続けることしかないと思うんです。ソラという「事件」に対して、とことん話す。考え続ける。答えは出ないかもしれないけど、考えることをやめない。そこはすごく書きたかった。だから、ソラを書けて楽しかったし嬉しかったです。
─西さんはかつて別のインタビューで、「自分はハッピーエンドを書きたい」とおっしゃっていましたね。
本当にそれは私の願いでもあるし、希望でもあります。もちろん、すべての人生がハッピーエンドで終わるわけではないというのはわかっています。それでも私はすべての人生がハッピーエンドで終わって欲しいと願っていて、その思いを小説に託しているんです。
これも別のインタビューでお話ししたことがあるかもしれませんが、私がこうやって自分の書きたいハッピーエンドを安心して全力で書けるのは、同時代にいる他の作家が、バッドエンドや、限りなく真実に近いこと、殺人、不幸なことなどを書いてくれているおかげだと思っています。
─ええ。
同時代の作家って安全ネットみたいなところがあって、私の小説でこぼれ落ちたものを全部拾ってくれるんです。逆にバッドエンドは辛いという人が私の本を読んでくれることもあると思います。今、作家がたくさんいるということが自分にとってめちゃくちゃ救いになっています。もし、もっと作家が少なかったら、「もうちょっと嫌な人を出さなあかんのちゃうか」とか色々悩んでしまっていたかもしれません。だけど、そんなこと全く考える必要なく、私はハッピーエンドをまっすぐ書ける。そんな環境にとても感謝しています。
─私たちブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー」を公募する企画です。西さんは、アンソロジー『眠れなくなる夢十夜』(新潮文庫 2009年)で夏目漱石の『夢十夜』をモチーフにした作品「小鳥」を書かれています。先行作品をもとに新しい作品を作ることについてのお考えを教えてください。
かなり前のことなので書いた当時のことはあまり覚えていないんです。だけどその後、同じように『夢十夜』を原作にして色々な映画監督が撮ったオムニバス映画『ユメ十夜』を観て驚いたことを覚えています。作家が書いた『夢十夜』の100倍くらい自由だったんです。それを観て、きっと原作にリスペクトがありすぎると、その雰囲気を壊したくないと考え過ぎてしまって難しいのかなと思いました。もちろん映画監督の方々が漱石にリスペクトがないわけではないでしょうけど、やっぱり媒体が違いますからね。だから、太宰をモチーフに書いてくれと頼まれても私には絶対にできないと思います。あの頃『夢十夜』が書けたのは、若かったからかもしれませんし、漱石という完璧すぎる作家の作品だったからかもしれません。
─また、ブックショートの大賞作品はショートフィルム化されます。『きいろいゾウ』や『円卓』が映画化された西さんは、小学校の卒業文集に「映画のスタッフになりたい」と書いていたと伺いましたが、ご自身の作品が映像化されることについてのお考えをお聞かせください。
映画は小さい頃からずっと好きです。でも、卒業文集に「映画監督」ではなく「映画のスタッフ」と書いているのが私っぽい。「何予防線張ってんねん」って(笑)。自分の作品の映像化については、本当に嬉しいと思います。ただ、すごく冷たく聞こえるかもしれませんが、私は一切関係ない、私の小説と映画は別物だと考えているんです。色々なタイプの作家がいて全員が正解だと思うんですけど、私はそういう考え方で、だから脚本も一切チェックしません。とにかく、原作者、私のことは一切気にせず撮ってくださいと。自分は小説でしかできないことをやっているという自負があるので、映画では、映画のプロに映画でしかできないことを自由にやってほしいんですよ。それを一映画ファンとして楽しみにしていますという感じです。
─今までの作品をご覧になっていかがでしたか。
完成した作品を観て「あ、これは小説ではできないな」と思うことがたくさんありました。『きいろいゾウ』なら、例えば、小説ではどんな風に月の光が差したかをこと細かく書かなければいけなかったけど、映像ではそれが二秒で表現できていたり、感情を書かずとも宮崎あおいちゃんの表情で夫婦の関係性がわかってしまったり。『円卓』でも、芦田愛菜ちゃんの動きだけでこっこちゃんの感情を見せてくれるというのがすごかった。監督のお二人にもお伝えしましたが、プロの仕事だと思いましたね。
─最後に、小説家を目指している方にアドバイスやメッセージをいただけますでしょうか。
何かを書くことに関してはみんな同じ地平にいると思います。だから、書くことについてのアドバイスは全くできないんですけど、「小説家になりたいから書く」というのはちょっと違うんじゃないかって思うところはあります。プロの作家であっても、「儲けたい」ではなくてやっぱり「書きたい」という人ばかりです。私自身もなんだかわからないけど書きたくてたまらないし、書きながら本当に救われています。小説って本当に吸引力のあるものなんです。だから、「書きたい」という強い気持ちが先だったら、そうやって書いた作品にはすごく意義があると思うし、私は読みたい。そういう切実さはすごく大切で、とても好きです。どんなジャンルでも、それが荒唐無稽なSFであっても、これは物語じゃないと駄目だったんだという切実さがなければ響きません。それはプロじゃなくてもプロの作家でも変わらないですよね。
─ありがとうございました。
*賞金100万円+ショートフィルム化「第5回ブックショートアワード」ご応募受付中*
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