森 博嗣
1957年生まれ。作家。工学博士。某国立大学工学部建築学科助教授を務める傍ら、1996年に『すべてがFになる』で第1回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後、次々と作品を発表し、人気作家に。「ヴォイド・シェイパ」シリーズ、「スカイ・クロラ」シリーズ、S&Mシリーズ、Vシリーズ、Gシリーズ、Xシリーズなどの小説をはじめ、新書やエッセイなど多数の著書がある。
『暗闇・キッス・それだけで』森博嗣(集英社 2015年1月26日)
探偵兼ライタの頸城悦夫は、ある悲劇的な過去を背負っている。彼は、旧知の編集者兼女優の水谷優衣から、IT史上の伝説的存在として知られる人物の自伝を書く仕事を依頼された。その人物は、1980年代にコンピュータ業界で不動の地位を築き、今は第一線から退いて財団による慈善事業に専念している。頸城は取材のため、日本の避暑地にある彼の豪華な別荘に一週間、滞在することになった。ところが、別荘に着いたあと、頸城は不可解な事件に遭遇することになる。すぐに警察による捜査が始まるが、手がかりをつかむことができない。取材のために訪れた頸城は、自伝執筆の傍ら、この事件にも関わることになっていく。
─このたびは、このような貴重な機会をいただきましてありがとうございます。新刊『暗闇・キッス・それだけで』を拝読させていただきました。
森先生は、著書『小説家という職業』(集英社 2010年)のなかで、“1作を書いている期間は、長くても2、3週間だ(1日にせいぜい2時間程度しか書けない)。”と書かれています。非常に速筆だと思いますが、今作の執筆も同様のペースでしたか。
また、同著で、“僕が一番時間をかけて考えるのは、タイトルだ。作品のタイトルを考え始めてから決定するまでには、3ヶ月から半年くらいかかる”とあります。今回のタイトル『暗闇・キッス・それだけで』を決めるのにかかった期間、そして、このタイトルにされた決め手をお伺いできますでしょうか。
1時間に6000文字書きます。小説はやや速く、エッセィはやや遅くなりますが、差は10%以内です。『暗闇・キッス・それだけで』は、16万文字ほどなので、約27時間でした。仕事は1日に1時間以内と制限していていますが、執筆時には、ついつい20分ほど超えてしまいます。本作は、執筆に18日間かかりました。書き上げたのは昨年の8月でした。
タイトルは、そうですね、半年ほどは考えました。タイトルが決まったら、90%は仕事が終わった気分になります。あとの10%は労働です。このタイトルにした決め手というのは、言葉では説明ができません。明確に説明できるなら、半年もかからないでしょう。いつも最後は時間切れで、妥協をします。
─『暗闇・キッス・それだけで』は、『ゾラ・一撃・さようなら』(集英社 2007年8月)に続くシリーズ第2弾です。およそ7年半ぶりの、探偵 頸城悦夫が登場する作品ですが、このシリーズの特徴は、他の探偵が登場する作品と比べてどういったところにありますか。
特徴は、読んでもらえればわかると思います。ほかのシリーズにはないテイストが感じられるはずです。一言では表現できませんが、視点人物に重心がある点が一つ。それが、ハードボイルドの要だと僕が考えているからです。物語を描くのではなく、物語によって主人公を描きます。そのバランスの違いが第一。ほかにも幾つかありますが、説明は簡単にはできません。
─森先生の多くの作品には、エピグラフ(章初めに付す引用句)が配されています。小説によって、引用元は学術書から古典小説まで様々です。今作で『悲しみよこんにちは』(フランソワーズ・サガン)を選ばれた理由を教えていただけますでしょうか。
また、森先生は、タイトルを決めてから本文を執筆されるということですが、エピグラフの引用元を決める(または、エピグラフを付さないことを決める)のはどのタイミングでしょうか。
これも理由というものは明確にありません。バックグラウンドミュージックを選ぶのと同じで、雰囲気作りの一環です。タイトルを決めたあと、引用を決めます。その次に登場人物を決めて、と……。つまり、本のページの順番に考えます。
─森先生はご自身のWebサイト「森博嗣の浮遊工作室」のなかで、シリーズ第1弾『ゾラ・一撃・さようなら』について、“いつかはハードボイルドを書いてみたいという気持ちがあって、ようやくそれが書けた、というのがこの作品です。日本を舞台にしたハードボイルドは無理だと思っていましたが、そろそろ書けそうなくらい日本が豊かになった気がします。”とコメントされています。
ここでいう“豊かさ”とはどのような意味でしょうか。また、第1弾発売当時(2007年8月)と現在を比べ、日本はより“豊か”になったとお考えですか。あるいは、その逆でしょうか。
豊かさというのは、その言葉どおり、主に経済的なもので、社会的な生活習慣、そして人々の平均的な価値観です。別の言葉にすれば、アメリカナイズに近いものです。また、この数年でも日本は豊かになったと感じます。それが人々に広く浸透したように観察されます。みんなが真面目に働き、生産をしているのですから、自ずと社会は豊かになります。豊かさが、文化を生むと考えています。無駄なものを許容する指向ともいえます。
─話題が変わりますが、私たち「ブックショート」は短編小説(1,000字〜10,000字)を公募し、大賞作品をショートフィルムやラジオ番組にするプロジェクトです。そこで、小説の映像化についてお伺いしたいと思います。
森先生は、雑誌『ユリイカ』(2014年11月号 特集=森 博嗣)のインタビューなかで、小説を書かれる際の意識の動きについて、“イメージとしては、窓からその世界を覗いている、みたいな感覚です。”とお答えになっています。また、別の著書ではご自身を“映像発想タイプの小説家”だとも書かれています。
S&Mシリーズ執筆中に覗き見た世界と、実際にテレビドラマとして映像化された『すべてがFになる』(フジテレビ系 2014年10月〜12月)を比べた時、どのような差分を感じましたか。
また、ご自身の小説が映像化されることについてのお考えを教えてください。
自作の映像化については、抵抗はまったくありません。僕のイメージは、僕だけのもので、それに基づいて小説を書きますが、読者はまたそれぞれのイメージを持つでしょう。その時点で既に違ったものになるはずです。ですから、ほかのメディアになっても、読者レベルでの差異と同じです。一部の読者の集団が共通点を探って映像化する、ということです。
作者としては、ただ、それを面白く興味深く見ます。人がどう捉えるのかを知ることは、面白いものです。違っているのが当たり前で、同じだったら気持ち悪いでしょうね。
─「ブックショート」の公募テーマは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作した短編小説」です。二次創作やパスティーシュとも言い換えられます。
名作コミック『トーマの心臓』(萩尾望都)の小説化や、『星の王子さま』(サン=テグジュペリ)を想起させる絵本『STAR EGG 星の玉子さま』(文藝春秋 2007年)を書かれている森先生は、先行作品に影響を受けた作品(二次創作やパスティーシュ)についてどのようにお考えでしょうか。
二次創作に唯一不可欠なものは、オリジナルに対する愛です。それが感じられるものであれば、二次創作として成功していると思います。影響を受けたという程度ではなく、もう少し積極的な愛情が必要でしょう。
─『小説家という職業』(集英社 2010年)のなかで森先生は、“小説を書くことは、僕自身は楽しみではない。趣味ではない。文章を書くことは嫌いではないけれど、その中で小説が一番つまらない。”と記されていましたが、Webサイト「森博嗣の浮遊工作室」で2014年12月31日に更新された近況報告では、“小説を書くことに、多少は慣れてきたとも最近感じます。趣味の一つに加えても良いかなともいえるレベルです。”とあります。このような心境の変化には何かきっかけがあったのでしょうか。また、慣れてきたと感じた瞬間に執筆されていた作品を教えてください。
そうですね、まだよくわかっていないのですが、自分が思ったものが、だいぶ書けるようになってきた、つまり、イメージに近づいている、より自由になっている、という意味です。仕事で書いていたものが、趣味に近づきつつあるというのは、僕にとってより高い価値を持つようになった、ということです。これから楽しみが生まれるかもしれません。その予感が少しあります。
『暗闇・キッス・それだけで』を書いたあと、書き下ろしの長編小説を2作執筆しました(今年4月に出るものと、8月に出るものです)。どれを書いたときにそう感じたのか、という切っ掛けがあったわけではなく、少しずつ慣れてきたかな、と常々感じています。また、書いている最中には、そのようなことを考える余裕はありません。一作書き終わったときに、自分の変化を認めることができます。
─質問は以上です。ありがとうございました。
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*インタビューリスト*
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