三浦しをん
1976年東京生まれ。2000年『格闘する者に○』でデビュー。06年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を、12年『舟を編む』で本屋大賞を受賞。その他の著書に『秘密の花園』『風が強く吹いている』『仏果を得ず』『光』『神去なあなあ日常』『天国旅行』『木暮荘物語』『政と源』など。『悶絶スパイラル』『お友だちからお願いします』『本屋さんで待ちあわせ』などエッセイ集も多数。
『あの家に暮らす四人の女』三浦しをん(中央公論新社 2015年7月10日)
謎の老人の活躍としくじり。ストーカー男の闖入。やがて重なりあう生者と死者の声――古びた洋館に住む女四人の日常は、今日も豊かでかしましい。ざんねんな女たちの現代版『細雪』。
─新刊『あの家に暮らす四人の女』楽しく拝読させていただきました。この本の帯には“ざんねんな女たちの、現代版『細雪』”とあります。まずは、今年没後50年・来年生誕130年を迎える谷崎潤一郎の大作の「現代版」を書くことになった経緯からお伺いできますでしょうか。
雑誌「婦人公論」(中央公論新社)から「女の人たちの話」というテーマで連載のご依頼を頂いた際、同社が谷崎潤一郎全集を新たに出版するプロジェクトの話を伺いました。偶然その頃、私も『細雪』を読み返していたところだったので、「女の人たちの話」なら『細雪』のように「四人の女性が一緒に暮らしている話」にしたら面白いかもしれないなと思ったんです。
─『細雪』は文庫本で900Pを超える大作です。三浦さんが初めてこの作品を読まれたのはいつ頃でしたしょうか。また、今回読み返された時にはどのような印象を持ちましたか。
初めて読んだのは高校生の頃だったと思います。当時は、あまりドラマがなくてつまらない話だなと感じました。
その後、自分が小説を書くようになって色々な作品を読み返しましたが、『細雪』は長い話なのでなかなか取り掛かれなかったんです。それで、ようやく読み返したのが連載の打ち合わせの頃でした。そしたら、すごく面白かった。どうしてこの話を高校生の時はつまらないと思ったんだろうと不思議でしたね。
『細雪』谷崎潤一郎(中公文庫)
大阪船場の旧家蒔岡家の美しい四姉妹を優雅な風俗・行事とともに描く。女性への永遠の願いを〝雪子〟に託す谷崎文学の代表作。
─『細雪』の時代と現代の結婚観の違いは印象的でした。
そうですね。あと、不思議だったのが、『細雪』では姉妹なのにものをはっきりと言わないところ。例えば、次女の幸子は、三女の雪子にお見合いの話を持ち出すまでに、ものすごく時間をかけますよね。そんなのさっさと言えばいいのに。そして、そのお見合い話を受けるのか断るのか、雪子もさっさと決めなよと思います。あの感じがすごくイライラするというか、面白いんですけどね。それが時代のせいなのか、あの姉妹が特殊なのか、未だ謎は解けません(笑)。
─四女である妙子の奔放さにもハラハラしました。
妙子は今っぽい女性ですよね。私は魅力的だと思います。雪子なんて人形みたいでつまらないですよ、「ふん、ふん」ばかり言って。はっきりして欲しいですね、雪子には(笑)。
─そうですね(笑)。『細雪』を『あの家に暮らす四人の女』を書いている途中途中で読み返したりはしましたか。
最初に一度読み返してからは、今に至るまで開いていないです。『細雪』に引っ張られ過ぎてもいけないし、そもそもは純粋に自分の楽しみとして読み返していたわけですから。読み終わった後は元の本棚に収まっています。
─読み返したときに溜まったイメージをもとに書いたということでしょうか。
そうですね。『細雪』の面白かった部分を、自分だったらどうするか考えて、その設定が出来てからは戻りませんでした。例えば『細雪』は、三人称で書かれていますけど、たまに作者らしき人のぼやきが地の文に登場します。つまり、三人称だったはずなのに、一人称のようになるところがある。そういう視点の置き方、人称の使い方は面白いなと思って、自分だったらどうするかなと考えました。それで『あの家に暮らす四人の女』では、最初は三人称なんですけど、途中でわけのわからないものが喋り出して、最終的には当初の三人称、いわゆる神の視点と言われる「神」とは誰なのかということがわかる仕掛けにしました。『細雪』の視点から着想をもらって考えてはいるんですけど、考えついたらそれまで、と言ったら失礼ですけど(笑)。どう考えたって谷崎潤一郎のように書けるわけはないんだから、あまり引っ張られ無いようにしましたね。
─『細雪』には四姉妹が登場しますが、『あの家に暮らす四人の女』で一つ屋根の下に暮らすのは、母+娘+娘の友人+娘の友人の後輩という女性たちです。 “でも、夢見たっていいじゃない。年取って死ぬまで、気の合う友達と楽しく暮らしました。そんなおとぎ話があったっていいはずだ。”という文章が印象的でした。三浦さんご自身はこういった関係性についてどのようにお考えですか。
私は一人暮らしが長いので、共同生活への憧れがあるんです。それで今回のような話にしたということもあります。家族だからとか付き合っているからという関係ではなくて、なんだかよくわからないんだけどたまたま一緒に、しかも三人以上で暮らす。そういう生活があったら楽しいのではないかなと思ったんですよね。私もよく友達と、「老後は一緒に暮らそうよ。」という話をするんです。そういう生活が本当に実現したらいいなと思って。だから『あの家に暮らす四人の女』では、『細雪』のように姉妹ではなくて、友達とその後輩という設定にしました。
─そういう生活憧れますよね。
今はシェアハウスも増えていますし、高齢者向けのケア付きマンションでも、住民が集まれるスペースがあったり、地域に対して開かれていて交流できるようになっているところもありますよね。今後そういう形が増えていくような気がするんです。必ずしも家族という単位で暮らすのが当然ということではなくて、色々な暮らし方が出てくるのではないかなと思います。
─『あの家に暮らす四人の女』では、本文で使われる比喩やたとえがわかりやすく的確で、とても素敵だと思いました。“「針仕事をする地蔵」と化した娘”、“根が生えたようにテレビの前から動かない謎の気配”、“佐知の耳は壁一面に吸い付きそうなほど巨大化したが、”などです。読んでいて楽しい気分になる文章ですが、こういった表現は頭の中に映像が浮かぶのでしょうか。
自分でもよくわからないんですけど、何かモヤっとした影のようなものが見えているような気はします。私は明確に頭の中に映像が浮かぶ書き手ではありません。でも、なんとなく気配のようなものが見えるんだと思います。
─それは比喩に限らずでしょうか。
そうですね。例えば、登場人物の顔なんか全然イメージが浮かんでないですね。洋服がどんな感じなのかも明確にはありません。もちろん洋服の描写をする必要があれば一生懸命考えますけど、あまり綺麗な映像としては浮かんでないですね。
─『あの家に暮らす四人の女』の他にも、三浦さんは先行作品を書き換えた作品として、直木賞候補にもなった『むかしのはなし』を書かれています。ブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー」を公募する企画ですから、『むかしのはなし』と通じるところがあるかと思っています。三浦さんが『むかしのはなし』を書かれたきっかけを教えていただけますでしょうか。
もともとは編集者さんに「昔話をモチーフに書いてくれませんか。」と依頼されたことがきっかけでした。おそらく太宰治の『御伽草子』のような話を想定されていたんだと思います。でも私は、ああいう書き方だと今となってはありがちなものになってしまうのかなと思ったので、元の昔話が何なのかわからないくらいに変えてしまおうと決めたんです。だから『むかしのはなし』は、私がそれぞれの昔話の本質だと感じる部分だけ残して、おそらく、昔話をもとに書きましたと言わなければ誰もわからないようなストーリーになっていると思います。
『むかしのはなし』三浦しをん(幻冬舎 2005年)
三カ月後に隕石がぶつかって地球が滅亡し、抽選で選ばれた人だけが脱出ロケットに乗れると決まったとき、人はヤケになって暴行や殺人に走るだろうか。それともモモちゃんのように「死ぬことは、生まれたときから決まってたじゃないか」と諦観できるだろうか。今「昔話」が生まれるとしたら、をテーマに直木賞作家が描く衝撃の本格小説集。
─たしかにそうかもしれませんね。
昔話って「むかしむかし、あるところに……」から始まりますよね。そうやって語り伝えられてきたものですけど、それが一体誰の話なのかという具体性が無いものが多いです。にも関わらず、こんなに長い間語り伝えられてきている。一体、物語が昔話になって、ずっとずっと語り伝えられるようになるきっかけは何なんだろう、物語はどうしてできて、どうして伝えられるんだろう、と考えて、そういう状況を『むかしのはなし』で設定しようと思ったんです。
─なるほど。
だから『むかしのはなし』は、どれも何でもない日常の話で、語り手の名前も出てきません。「誰なのかよくわからない人々の日常の話が、全部未来に語り伝えられることになりました。なぜなら……」という仕掛けにしたかったんです。私はそれが昔話というものなのではないかと思ったから。
そういえば、私は人称について考えるオタクみたいなところがあって、『あの家に暮らす四人の女』は、先ほどお話ししたように「三人称・神視点の神って誰だろう。」ということを考えたくて書いた作品でした。一方、『むかしのはなし』は、「一人称の語り手は、一体誰に向かって、何故こんなに整然と語っているのか。」という問題をクリアするために書いた作品だったので、人称について考えて書いた二作が、どちらも元ネタがあるというのは、言われて初めて気づきましたね。
─『細雪』とは違い、昔話の多くは作者が不明です。書き換える際、その違いは影響ありましたか。
それは特にありません。どちらの小説も、ひたすら元の話の本質がどこにあるのかを自分なりに考え、そして、その元の話からどれだけ解き放たれることができるかを意識していました。だから、作者が判明しているかどうかは特に関係無いですね。ただ、いずれにしてもやっぱり、その作品を好きだったり、どこか引っかかる部分やすごいなと思えるところがあるからこそ、それを元ネタにして考えられるような気がします。
─ブックショートは、大賞作品をショートフィルム化、ラジオ番組化するプロジェクトです。三浦さんの作品は、『舟を編む』や『まほろ駅前多田便利軒』をはじめ多くの作品が映画化されていますが、ご自身の作品が映像化されることについてのお考えを教えてください。
幸いにも、これまでの映像化作品が全部好きで、ものすごく面白いと思うし、好みのタイプの作品だなと感じています。自分の書いた小説が原作だということを忘れ、純粋に映画やテレビドラマとしていつもすごくワクワクして、何度も観てしまいます。とてもありがたいことですね。
─幸せな関係ですね。ラジオドラマや朗読についてはいかがですか。
音だけだとかえって想像力をかき立てられるように感じます。役者さんやアナウンサーさんといった声や演技のプロの肉声を通して映像が浮かぶようで、とても楽しいですね。効果音も素敵だし、ラジオドラマ用の脚本も、説明臭くならずにきちんと台詞で情景を描写していて、「なるほどね!」と思うようなものでした。自分の書いた小説をラジオドラマにしていただくまで、そういうものをちゃんと聴いたことがなくて魅力をあまりよくわかっていなかったんですけど、それをきっかけに開眼しましたね。
朗読についても、私は小説を書くとき、基本的に黙読するスピードで文章を考えているので、朗読を聴くと、「ああそうか、ここで切れるんだな。」と気付かされます。文章のリズムを考えるうえでもすごく参考になるというか刺激になりますね。
─最後に、ブックショートに応募しようと思っている方にアドバイスをいただけますでしょうか。
書く時、何かにとらわれ過ぎない方がいいと思うんです。元の作品にとらわれ過ぎてもいけないし、映像になるかもしれないからと考え過ぎてもいけない。この作品は映像化できないだろうと思ったものに限って、映像を作る方たちの様々な技術や工夫によって実現されてしまうことは多々あります。そういう意味でやっぱり、自分が好きだなとか、これを書きたいなと思って書くことが大切だと思うんです。そうやって書くことで作品に情熱が宿ります。そして、その情熱は、多少映像化が難しい何かがあったとしても、「俺たちの技術と工夫があればクリアできるぜ。」という誰かの創造力を刺激すると思うんですよね。情熱に正直に書くことが一番大事なような気がします。そのほうがきっと書いていても楽しいのではないでしょうか。
─ありがとうございました。
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