鴻上尚史(コウカミ・ショウジ)
1958年、愛媛県生まれ。早稲田大学法学部卒業。在学中に劇団「第三舞台」を結成。以降、作・演出を手掛ける。1987年「朝日のような夕日をつれて」で紀伊国屋演劇賞、92年「天使は瞳を閉じて」でゴールデン・アロー賞、95年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞を受賞する。日本劇作家協会会長。現在は「KOKAMI@network」と「虚構の劇団」を主宰し活動中。小説に『ヘルメットをかぶった君に会いたい』『僕たちの好きだった革命』『八月の犬は二度吠える』『ジュリエットのいない夜』がある。
『青空に飛ぶ』鴻上尚史(講談社 2017年8月7日)
2015年10月。中学2年生の萩原友人は、伯母の住む札幌を訪れる。それはいじめられる日々からの束の間の逃避であった。友人はひょんなことから伯母の勤務する病院に神風特攻隊の有名人・佐々木友次が入院していることを知る。
いじめの苦しさから逃れるため、自殺を試みるも思いとどまった友人は、伯母の勤める病院に向かい、佐々木の病室を見つける。佐々木は9回特攻に出撃し、9回とも生還したのだという。特攻隊と佐々木に関心を持った友人は、古本屋で『陸軍特別攻撃隊』を手にする。そこに書かれていたのは、敵艦への体当たりという任務を負った万朶隊の物語であった。
─新刊『青空に飛ぶ』非常に面白く拝読させていただきました。今作では、太平洋戦争時、神風特攻隊として9回出撃し、9回とも生還した佐々木友次という実在の人物が重要なモチーフになっています。鴻上さんが佐々木さんのことを知ったのは、どのようなきっかけだったのでしょうか?
2009年頃に『特攻隊振武寮』(講談社 2009年)という本を読んだことがきっかけでした。かつて陸軍が福岡に設けた生き残り特攻隊員の収容施設について書かれたノンフィクションです。生き残った一人で、大貫妙子さんのお父さんでもある大貫健一郎さんのインタビューが収録されているその本のなかに、ほんの一ページ、佐々木友次さんについての記述があったんです。そこで初めて佐々木さんの存在を知りました。
─本をきっかけに。
それから毎年、テレビ局の人から終戦特集の番組企画について相談されるたびに佐々木さんの話をしていたんです。ただ、みなさん興味は示してくれるものの、そこから先はなかなか動かなかった。けれど、2015年5月頃、僕が出演している「熱中世代」(BS朝日)という番組のプロデューサーに話をしたところ、彼はそれから数週間で佐々木さんがまだ生きていることを突き止めてくれたんです。まさかご存命だとは思っていなかったので、僕は非常に驚きました。
─よく見つけられましたね。
団塊の世代のプロデューサーですから(笑)。ぐいぐい押しまくって調べてくれたようです。最初に、当別町の町役場や民生関係者に電話で取材して、佐々木さんが生きているという感触を持った彼は、すぐに現地に飛んで、色々な人に聞き込みをした。それで、佐々木さんの娘さんの連絡先を入手するんです。だけど、彼女からは、「父は何も話したくないと申しております」というお返事だった。それで、いったんは帰ってきたものの、そこはやっぱりさすがベテラン・プロデューサーで、それまで取材した様々な手がかりを総合して、入院している病院を突き止めたわけです。
─簡単には諦めなかった。
彼は、カメラマンを近くに待機させて一人で病室に行きました。最初に佐々木さんに呼びかけたときには、「もう喋ることはないです」と、けんもほろろだったそうですが、彼にとって運が良かったのは、それまでの取材のなかで、佐々木さんが戦時中お世話になった岩本隊長の息子さんに取材していたことでした。彼から「佐々木さんによろしくお伝えください」という一言をもらっていたわけです。それをきっかけに、佐々木さんは心を開き始めた。プロデューサーは、カメラマンを呼んでいる時間なんてないから、持っていた家庭用ビデオカメラを自分で回してインタビューを収録したそうです。そうして作られた番組は、2015年の夏、戦後70年の特別企画として放送されました。
─プロデューサーの執念が実ったわけですね。
それを教えてもらった僕も、どうしても佐々木さんに会いにいきたいと思った。それで、芝居の本番の合間を縫って、札幌まで飛びました。番組を観た岩本隊長の息子さんから、「久しぶりにお姿拝見出来てよかったです」という伝言を預かっていたプロデューサーとともに。だけど、病院に佐々木さんはいなかった。転院してしまっていたんです。転院先を知ろうにも、個人情報だから看護師さんは当然教えてくれません。そこでまた行き詰まってしまった……。そうしたらまた、さすがベテラン・プロデューサー。佐々木さんの息子さんの名前をネットで検索して、本人らしき人を見つけてくれたんです。僕は彼に手紙を書きました。すると、ラッキーなことに、息子さんが僕のことを知ってくれていて、手紙に書いておいた電話番号に連絡をくれた。事情を話したところ、佐々木さんに話を取り次いでいただけることになりました。
─再びつながった。
佐々木さんご本人からのお返事はやはり、「もう誰とも話す気はない」というものでしたが、僕は、一目だけでも、となんとかお願いして、転院先を教えてもらいました。それで、すぐに飛んで行って、岩本隊長の息子さんの言葉を伝えたところ、お話ししていただけたという経緯です。
佐々木さんには、最初のインタビューで、「あなたは、記者さんですか?」と尋ねられました。作家ですと答えると、小説に書いた通り、「おおごとにはしたくないのさ」とおっしゃって。僕は、おおごとにはしませんと答えつつ、おおごととはいったなんだろうと思いながら話を聞いていました。彼は糖尿病で五年ほど前から失明しているのですが、二回目のインタビューでは、「あなたの顔が見えれば、あなたがどういう人で、どういう人となりで、どういう気持ちでいま私に質問しているのかがわかるんですけどね」とおっしゃっていた。自分の体験を政治的に利用されることに対して、非常に用心深かったように感じましたね。
─小説のなかの佐々木さんの発言は、すべて鴻上さんのインタビューで実際にお答えになった内容だと伺っています。佐々木さんは、9回特攻を命じられても死ななかった理由について、<寿命に結びつけるほかないさ>と答えますが、鴻上さんご自身は、その回答を聞いてどのようにお感じになられましたか?
佐々木さんは、どう見ても、どう話を聞いても信心深いわけでもないし、何かにすがっている感じでもないんだけど、やっぱり人間は、自分の想像を超えることやコントロール不能なことに直面すると、運命や偶然、寿命という言葉を出すんだと思うんです。
実は、今年の11月に佐々木さんについてのノンフィクションを講談社の現代新書から出版する予定です。それで、昨日ずっと佐々木さんのインタビューテープを聞き直していました。改めて思ったのは、佐々木さんはやっぱりとにかく空を飛ぶのが好きだったんだなということ。「飛ぶのが大好きで、怖いなんて思ったことないですよ」とぽろっと呟いていました。だから、彼は負けなかった。それを「寿命」という言葉で表現したのではないかなという気がします。
─「小説現代」での連載は佐々木さんがご存命中にはじまったのですか?
亡くなった後です。本当は、別の作品を連載する予定だったんだけど、「青空に飛ぶ」の方が一刻も急ぐぞ、という予感があって、変えてもらったんです。それでも間に合わなかったですね……。書く準備をし始めて、さあ、連載決まったぞというときに亡くなられました。
─小説のなかで、佐々木さんの姿を見つめる主人公は、同級生からのいじめに苦しむ中学2年生の萩原友人です。佐々木さんパートのノンフィクションと、少年パートのフィクションを組み合わせるという構成はどのように決めたのでしょうか?
いちばんの動機は、彼の存在をより多くの人に知ってもらいたいと思ったことです。特攻隊はいまだに、にっこり微笑んで志願して死んでいったと言われているけど、調べていくと、強烈な同調圧力があったことがわかります。まして、佐々木さんは、志願どころか、気がついたら送り込まれていたわけです。そのなかで9回命令されて9回帰ってきた。どう考えても、日本人のメンタリティからは外れているし、ちょっと想像がつかない。僕は、そんな佐々木さんの名前が、少なくとも『永遠のゼロ』の主人公と同じくらい知られないとバランスがとれないのではないかと思うんです。けれどおそらく、小説で佐々木さんについてだけを書いたら、特攻隊好きな人や歴史好きな人にしか届かないだろうと。
─ええ。
それで、佐々木さんの来歴を調べていくと、日本的ないじめに通じるものが実にたくさんあると感じたんです。小説にも書いたとおり、いじめ自体は世界中にありますが、クラス全員が一致団結して一人を無視するというやり口は、日本以外のどこの国にもない。それが、特攻隊と非常に似ているのではないかと思った。だから、いじめの話と特攻隊の話を結びつけたいなと考えたんです。
─主人公がいじめられるシーンは、壮絶で、目を覆いたくなるような生々しさでした。
いじめについての色々な資料を調べていくと、本当に胸が潰れるというか……つらかった。いまはもう、僕らの時代にあったようなトイレに閉じ込めて水をかけるとか、教科書に落書きするといったわかりやすいものではなく、とにかく大人にばれないようないじめになっていて。証拠となるLINEの履歴を目の前で本人に消させたりもするそうです。そういう話を書くのは、本当にしんどかったです。
─物語の最後、主人公をいじめていた加害者達がどうなったのか書かれていないですよね。安直に復讐してヒーローになる物語ではないところが、非常に深いなと感じました。
もちろん復讐した方が痛快でエンタメ度も上がって、売り上げだって伸びるかもしれないけど(笑)、そんな結論を出した瞬間に、本当にいじめの渦中にいる子やかつていじめられていた人たちは、自分の話ではないと感じてしまうでしょう。僕は、彼ら彼女らにとって「これがリアルなんだ」と思ってもらえる作品を書かなければ駄目だと思った。そして、最後には、生きる覚悟というか、背中を押せるような作品にしないと書く意味はないと考えていましたから。
─今回の小説は、鴻上さんが2006年に朝日新聞で書かれた「死なないで、逃げて逃げて」という記事とも重なる部分が多いようにも感じました。読んで救われる人は多いと思います。
昨年、シールズの奥田君と水曜日のカンパネラのコムアイさんが対談したときに、二人ともが、その記事を読んで「逃げた」という話をしていたようです。奥田君は僕の書いたとおり鳩間島に逃げて、コムアイさんは学校から逃げた。そういう話を聞くと、本当に書いて良かったなと思います。あの文章によって死ななかった中学生がいた。それだけで意味があったのかなって。
─学校から逃げることによって生きることから逃げないということにも繋がるわけですもんね。たくさんの人に読まれてほしいと思いました。さて、話題は変わりますが、私たちブックショートは、「おとぎ話や昔話、民話、小説などをもとに創作したショートストーリー」を公募する企画です。鴻上さんは、『ロミオとジュリエット』を題材にした小説『ジュリエットのいない夜』(集英社 2017年)を書かれていますが、先行作品をもとに新しい作品を作ることについて、お考えがあれば教えてください。
面白いと思いますし、演劇界ではわりとよくある手法です。僕が22歳の時に書いたデビュー作「朝日のような夕日をつれて」も、『ゴドーを待ちながら』の二次創作でした。『ゴドーを待ちながら』は、不条理演劇の代表作で、二人の男がゴドーを待っている。だけど、永遠にやってこない。ゴドーって一体なんだろう? という有名な作品ですが、僕はそれに対して、ゴドーがやってくる話にしました。しかも二人。それで、お互い相手が偽物だと言い合うという。
─やってこないはずのゴドーが二人も。
僕がどうしてその作品を書いたかというと、いまはもはや、待ち焦がれるよりも、手に余る「ゴドー」が溢れている時代で、なおかつ、登場したゴドーは、自分にとって退屈な存在だったという時代ではないかと考えたからです。二次創作をするときは、自分がどう新しい切り口や価値、違う見方を付け加えられるか、つまり、二次創作する意味があるのかということを、常に問いかけなければいけないと思います。ただ好きな作品だからというだけだと単なるオマージュになってしまうので、ある種客観的に読んでいく必要がある。だから、自分が何を二次創作の対象にするのかも、探しどころですよね。
─『ジュリエットのいない夜』の場合はどうだったのでしょうか?
『ロミオとジュリエット』は、自分で舞台を演出したということもあるし、その世界観や作品の完成度の高さと同時に、いかにいい加減な部分があるかを理解したうえでの二次創作でした。初めて読んでから何十年も立ってようやくできた。だから、たとえば、同じシェイクスピアでも『リア王』で二次創作するためには、やる意味があるのか、新しい価値、切り口を出せるのかを矯めつ眇めつしなければいけない。それには長い時間がかかると思います。
─さまざまなジャンルでご活躍されている鴻上さんですが、小説を書くときと脚本を書くときとではどのような意識の違いがあるのか教えてください。
おそらく小説が一番自由でしょうね。たとえば、何の気兼ねもなく海外の土地を舞台に書けますから。映画やテレビのシナリオで同じことをしたら、プロデューサーが真っ青な顔で飛んできますよ。そこが一番大きいような気がする。そしてそれは、日本でみんながアニメに殺到する理由でもあります。アニメは、小説と同様に想像力が無駄にならないから。日本映画でもみんな想像力を羽ばたかせてはいるけど、結局それを現実に映像にしていくなかで制限せざるを得ない状況が生まれてきてしまうでしょう。演劇の場合だと、それを逆手にとって、「千人の兵隊」と脚本に書いてあったら、小さなフィギュアを百体並べて軍隊として見せてみるとか、ないことをどう想像力で羽ばたかせるかというチャレンジがあります。それはそれで面白いんですけど、小説にはそもそもそういう苦労はないですよね。
─最後に、ブックショートの応募者の方にメッセージいただけますでしょうか。
やっぱり、いい作品をたくさん読むことでしょうね。それもブックショートの場合、短編だと決まっているわけだから、短編の名作を。山ほど出ている小説の書き方指南書を読むのも悪くはないんだけど、結局名作をたくさん読むことがいちばんの近道のような気がします。
─ありがとうございました。
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*インタビューリスト*
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